第2話 幼女、目が覚める

 夢を見ていた。

 厳しくも優しい父の大きな掌で撫でられ、穏やかで和やかな母の温もりを感じながら大好きな姉の手を握る、在りし日の夢。

 

 とても大切で、大好きな人達と過ごした日々。過去に感謝し、現在を無邪気に笑い、未来に思いを馳せる、そんな楽しかった日々の夢。


「パパ……ママ……お姉ちゃん……」


 これは夢だ。

 あの地獄を見る前の、自分の持ってたもの。その全てが今、目の前の夢の中に詰まっている。


「どうして……どうして」

 

 目の前の夢に手を伸ばすも、柔らかい何かに弾かれる。

 これは夢だ。

 そのことは感覚としては理解していた。

 だが、それでも何度も夢の中に手を伸ばす。と、その中にいる仲睦まじい家族は、その全員がゆっくりと首をこちらに向けた。


「やだよ。わたしもそっちに行きたい」


 願う。

 

「ひとりにしないで。わたしをひとりにしないでよ……」


 必死に願いを口にする。が、目の前の家族は全員、ゆっくりと首を横に振る。

 父も、母も、姉も、夢の中の自分ですらも、自分が夢の中に入ることを拒む。


「ひとりじゃ……、いきてはいけないよ」


 これが夢であることは分かっていた。だが、それでも未だ十歳にも満たない子供の自分には、現実に起きたことを受け止めることなど到底できるわけもなく、この脳が作り出した妄想に過ぎない小さな夢に縋るしかなかった。


「いきていきたくないよ。わたしも……みんなといっしょに……」


 そうして蹲るように呟き、願望を漏らしたところで、一気に意識が引っ張られるような全身に寒気が走る感覚を得た。

 夢が覚める。

 そのことを理解する。


「いやだ! いやだ! わたしはみんなといっしょにここにいる!」


 そう必死に食らいつくも、無意味。強引に意識は覚醒し、闇に閉じていた世界は、開いた瞼と同時に光を得た。


 光の先には知らない天井があった。


「…………」

 

 古傷が大量に刻み込まれた歴史を感じさせる木造の天井に、埃っぽい空気。

 その中で、体の至る所に包帯を巻き付けた幼女は目を覚ます。

 

「……ここは……っ!」


 ずきりと左手と左目が痛み、思わず呻き声をあげた。

 なに、これ……、と思い、幼女は痛みのある部分を右手で擦ると、そこで一つのことに気が付いた。

 その痛みの走る部分。そこの機能がほぼ停止していたことに。


 左目は見えないし、左手は動かない。

 

「ぅ、ぁ、うう……いたい、いたいよぉ」


 熱した鉄の板を手や目に押し付けられてるかのような激痛に駆られて、目を覚ましたばかりの彼女は痛みに悶える。


「ぱぱ……たすけて……、まま……、お姉ちゃ……いたいの、やだ、うぅ、たすけて」


 痛みに苦しみ、柔らかいベッドの上でギシギシと暴れ回っていると、ガチャと扉を開けて一人の少女が入ってきた。


「大丈夫よ……落ち着きなさい」

 

 少女は痛みに苦しみ、暴れ回る幼女の小さな体を抱きしめると、その頭を優しく撫でる。


「ぃ、いたいの、やだ、やだよ」


「大丈夫……大丈夫よ。落ち着いて」

 

「ぅ、う!」

 

 少女の腕の中に抱かれながらも、幼女は痛みに苦しみ悶える。

 その頭を子をあやすように優しく、ただただ優しく撫でる。と、そんな少女の腕の中で幼女は、


「ね、え、お、ねえさんは……だれ?」


 痛みに呻きながらも訊く。


「私はサナトスよ」


 少女ーーサナトスは名乗る。が、その名にはほとんど興味はない。

 いや、厳密には気になったのはこの人よ名前ではなく、この人が誰なのか、だ。


「おねえさんは……なに?」


「……そうね。何かと問われれば、答えるのは難しい。私はただの死神ころしやだもの」


「ころしや……」


 幼女は呟き、ゆっくりと顔を上げる。


「ころしやさんが……、なんでここに」


「あなたを助けにきたのよ」


「わたしを助けに?」


 幼女は俯いた。


「ぱぱとまま……おねえちゃん……むらのみんなは?」


 顔を伏せながら幼女は言う。


「どうして……どうして……わたしだけたすけたの?」


 サナトスは顔を背け、


「ごめんなさい。ほかの人たちは助けられなかったわ」


 謝意を口にする。

 別にサナトスが悪いわけではない。むしろサナトスには何の罪もない。それどころかあの血濡れの村から一人とはいえ生存者を出しただけ褒められるべき偉業ですらある。が、そんなことは子供の無垢な心では、考慮することは難しい。


 幼女は奥歯を噛み締め、ゆっくりとサナトスを見る。


「なら……わたしのことも放置しておいてほしかった。たすけてほしくなんてなかったよ……」


 それは心の底からの言葉。

 全てを失い、苦痛の果てに死の瀬戸際を体感したが故の、心の底からの思い。

 あの最後の一瞬、死ぬのは怖くはなかった。それどころか全てを失ってなお生き続けるよりは、あの場で果てた方が幸せだったとすら思う。


「……」


 そう半ば責める言葉を受けながらもサナトスは何も言うことはできなかった。

 

 

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殺し屋幼女の伝説 百合好きマン @yurisuki0

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