殺し屋幼女の伝説

百合好きマン

第1話 プロローグ

 一面に死が広がっている。

 

 押し寄せる波風のように武装した男達がアイル村の隅々まで広がり、暴力と殺戮の限りが尽くされる。


 それは突然のことだった。

 いつも通りの日常の慣れ親しんだ時間を過ごしていたアイル村に突然にわか雨のように火の矢が降り注いだ。


 その矢は村の者たちを巻き込みながら辺り一体の家屋に火の手を放ち、その煙火から逃れるように村人たちは家屋から飛び出した。



 村人たちは混乱し、混迷し、困惑し、ただただ外の薄闇へと駆け出した。そのところを外で待っていた武装した男たちが襲いかかり、辺りに鮮血が撒き散らされる。

 交渉の余地もない。

 追い込み漁のように手際のいい殺戮行為である。


 村の男達も最初こそは鍬や斧を手に反撃に出てはいたが、相手の高火力の武装の前では塵芥に等しい。

 人が死ぬ。

 次々と殺されていく。

 

「ぁ……あ」


 そんな大多数の死の中に、一つの命が紛れていた。

 腕は焼け爛れ、腹は貫かれ、右目は潰されている、満身創痍であるが、未だ生き長らえてはいる赤みがかった黒毛に赤い瞳の小さな女の子。その風前の灯火のごとき弱々しい命。

 息は絶え絶え。もはや余命も幾ばくもない。


「ぁ……がふ」

 

 吐血し、貫かれた腹を抑えて天の黒雲を呆然と仰ぎ見る。


(どうしてこんなことに)


 薄れつつある意識にしっかり食らいつきながらも彼女は思う。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 まだ小さな彼女には一切が分からない。

 ただ突然に急襲してきた武装した敵が、今まで世話になってた村の人たちを殺し、厳しくも甘く優しかった両親を殺し、さらには大好きだった姉のことも殺した。

 そこに躊躇はなかった。

 まるで埃でも払うかのように自分の大切な人達を、簡単に奪い取っていった。


「ぁ、ぐ」


 そのことを思うと、悲しみに涙が溢れてくる。

 もう誰もいない。

 何もかもが、自分のこの小さな命すらも既に消えつつある。

 彼女は曖昧な視線を少しずらし、辺りに巡らすと、その先に揺らぐ一つの旗を見付けた。

 この襲撃者たちが掲げている旗だ。

 交差する剣で王冠を守るというような模様の旗。

 その旗のことを彼女は、知っている。

 

(……ヘル……ガンダ)


 小さな村故に無学にも等しいはずの小さな彼女ですらも、聞いたことはある。

 あれは間違いなくヘルガンダ帝国の国旗だ。


(ど……して……)


 彼女の意識は深い闇の中に沈んでいく。

 もうほとんど何も見えない。

 爆音も遠くに聞こえはするが、それがどこで起きているのかは彼女には分からない。

 そのまま彼女の視点は暗転し、最後にしっかりと噛み締めるように思う。


(どうして……、こんなことを……)


 そうして完全に意識を停止させた彼女の小さな体の前に、誰かが立った。

 黒いコートをパタパタと爆風に揺らし、同色のフードを目深にかぶった一人の少女。

 腰には鎖を巻き付け、その背には大きな鎌を背負っている、死神のような少女である。

 少女は膝をつき、小さな彼女の頬を撫でた。


「ーー良かった。まだ生きてる」


 


 







 ーー地獄というものがあるならそれはきっと酷く凄惨な場所だと思う。

 血の池に苦しみ、針の山で慄き、永遠の苦痛に嘆く亡者たちの屍で築き上げられた、絵に書いたような最悪の具象。そういうものが地獄の景色だろう。

 そして、今目の前に広がってるこの光景はまさにそれを体現した、まさに地獄絵図そのものである。


 一帯には臓物の入り混じった血の池が広がり、長槍で串刺しにされた村人たちが村の中央に晒されていた。

 村を焦がす火の手は既に鎮火し、もはや人も物も再興が不可能な程に破壊され、残ったものは一帯に満ちた何もかもが焼け爛れる死の香りだけ。

 

「これは酷い惨状ね」


 大鎌を背負った黒い少女は呟き、死の充満する村の中を散策する。

 

「……可哀想に」

 

 死んでるのは村人だけ。

 襲撃者の死体は、一つも見当たらない。

 無抵抗で殺されたのかと最初考えたが、その考えは直ぐに否定された。

 彼らも恐らく抵抗はしたのだろう。

 鍬や斧を手に息絶えた者が所々に転がっているところからそう察することができた。


「抵抗虚しく虐殺されたのね」


 転がる死体の横を通り、中央の死体の晒し上げられた剣山まで辿り着く。


「胸糞悪くなる造形物ね。趣味が悪いわ」


 吐きそうになるほどの悪辣非道。

 ここはまさに地獄。

 正真正銘の地獄の景色である。


「ただの見せしめの為だけにここまでするとは……」


 少女は忌々しげに呟き、奥歯を噛み締める。と、そんな風に目の前の最悪を悼んでいる彼女の横顔目掛けて、矢が放たれた。

 

「……」


 ヒュンと飛来する矢が少女の元まで届くその手前。

 僅か寸前のところで少女は、矢の腹部を掴み取り、そのまま流れるように彼女は矢を投げ返す。

 一寸違わず同じ射線上を通り、投げ戻された矢は、そのまま射手の元に返り、その身を貫いた。


「うぐぅ!」


 短い悲鳴が零れ、木の上から弓兵が転がり落ちる。


「まだ残っていたのね」

 

 少女は背負った、身の丈以上もある大鎌を手に、軽々と振り回しながらもゆっくりと矢を肩に浴びて転落した弓兵の元まで、歩み寄る。


「ぐ、き、貴様は、何故、貴様がこのようなところに……いるんだ、死神ころしや……!」


「貴方が知る必要のないことね」


 少女は弓兵の元まで辿り着くと大鎌を振り上げる。


「ま、まて、や、やめ、よせ、たすけーー」


 無様に転がり倒れる弓兵は、咄嗟に命乞いをしようとするが、それを全て訊くよりも前に少女は弓兵の命を摘み取った。


「……まだ兵が残ってたとは……、もう少し調べたかったけれど仕方がない」


 少女は息を吐く。

 和かで穏やかだったこの村を、地獄に変えたその理由は気になるが、今はそんなことを考えている余裕はない。

 少女は大鎌の刃に付着した鮮血を振り払い、そのまま元の場所に戻す。


 まだ調べ足りないが、これ以上ここにいては、まずい。

 先程始末した残った兵は恐らくは通信兵、もしくは調査兵。殲滅したこの村の細部を調べ、生き残り等が無いことを調べ、その状況を本隊に伝える役割を担っている連中だろう。

 それを始末したことによって、連絡が途絶え、そのことで恐らくは自分のことは直ぐに敵の本隊に察知されることだろう。

 もはや時間の問題だ。


 本当は彼らを丁寧に弔ってあげたかったが、そんなことをしている猶予はなくなった。


 少女はこの場から離れる為に駆け出した……が、直ぐに足を止めた。


「……、はぁ……はぁ……」

  

 今にも消え入りそうなほどに小さく儚い呻き声が聞こえたからだ。

 一瞬、敵兵の残した罠かもしれないという考えも過ぎったが、彼女はその考えを過ぎらせた時にはもう既にその声の元まで走っていた。

 罠なら正面から退ければいいが、もしも本当に生き残ってる者がいるのならば、足を止めてる刹那の時間に手遅れになってしまうかもしれない。

 彼女にとって殺すことは容易いが、生かすことは難しい。

 それ故、彼女は声の元まで走り、そうして今にも死にかけていた幼い女の子の姿を見付けた。


 全身が傷だらけで満身創痍ではあるが、奇跡的に生きてはいた。


「……よかった。まだ生きてる」


 少女は幼女の元まで駆け寄り、その貫かれた腹部に手を当てる。と、じわりと少女の手元から淡い光が溢れ、子供の腹部の致命傷を包み込んで、出血を止めた。


「とりあえずここで出来るのは応急処置だけね。早く運びましょう」


 少女は幼女の小さな体を抱えあげると、出来るだけ揺らさないようにと駆け出して、血濡れの村から離れていった。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

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