やりたいことは全部やる
七山月子
◉
美術館に行ったら、何が変わるんだろう。
バンジージャンプで飛んだら、何が変わるんだろう。
インラインスケートをしたら、何が変わるんだろう。
やりたいことを並べて眺めて想像してみることで満足していた。
時間はどんどん過ぎて、全て達成できずまま私は25歳の誕生日を迎える。
「結婚しようよ」
付き合って3年の彼がそう言う。
「少し考えさせて」
と答えを濁したのは、彼との将来が不安とかそういうことじゃない。
木々が、揺れている。
秋晴れの風が少し冷たい。
公園のベンチに座ったら、犬の散歩できている男性がこちらに向かってくる。
なにかと見れば、彼の連れていた犬は盲導犬で、私はベンチを立った。
何事も発していないのに、彼にはわかったようで、
「ありがとう」
と言った。
「いえ、どうも」
私も曖昧に挨拶したら、
「今日はいい天気ですね」
と言った。
「ええ、雲ひとつない」
答えて、しまったと思った。盲目の彼に雲は見えないはずだ。
「それは良いですね」
しかし彼は笑った。
それで私は盲導犬を挟んでベンチの端に座り直す。
「夢って、あります? 」
私がきいた。
彼は、
「僕に夢はありません。なぜなら、やりたいことは全てやるからです」
と真面目な顔で言った。
「できないことが夢なのだとしたら、見る必要も追う必要もありません。できることしか、ひとはできないのですから」
続けてそう言った。
枯葉が風に吹かれて回遊している。広場を駆け回る子供が転んで泣き叫ぶ。盲導犬の濡れた鼻がかすかに揺れている。
「ありがとうございます」
見えない彼にお辞儀をした。彼もお辞儀を返す。
ベンチを離れて公園を出る。雲ひとつない秋晴れの高い空。
できない理由ばかり並べていた自分が情けなかった。
私は、家に帰って掃除を済ませたら美術館へ行く。
私は、あした起きたらバンジージャンプに出かける。
私は、インラインスケートで滑走する。
やりたいことは全部やる。
「結婚してみようかなあ」
呟いた声は、冬に向かう。
やりたいことは全部やる 七山月子 @ru_1235789
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