2-9

「奏美!おかえり!」

「ただいま〜」

「大丈夫?やっぱダルい?」

「ううん、でもちょっと疲れた…」

「保健室行ったら?」

「んー…」



次は将にいの英語。正直、逃げてしまいたい。

英語そのものが苦手なわけじゃなくて、またキャーキャー言われてる将にいを見たくないだけ。

智也からの思わぬ提案で、逃げ道が出来てしまった。



「どうする?辛いなら行った方がいいと思うけど…」

「うーん…」


「行ったら?」



声の主は佳月だった。



「やっぱ佳月もそう思うよね!」

「無理して出なくても、奏美は平気だよ」

「そうだよそうだよ」

「でもな…」



もちろん悩んでるのはそこじゃない。

周りに嘘ついて演じて、こんなくだらない理由で、逃げで保健室に行くなんて、負けたような気がする。いや負けてる。



「熱測りに行くだけでも、ね?」

「そうだ、検温して決めればいいよ」

「先生には俺から言っとくからさ」



そっか…。

これでもし微熱でもあれば、嘘をつかずに休める。これは逃げじゃない。



「うん、そうする」

「一緒に行くよ」

「え、俺が行くー」

「いいよ、一人で行くから!何から何までありがと!」



重い腰を持ち上げ、ゆっくり保健室へ歩いた。




「…36.9℃」

「平熱は?」

「36℃ちょっとです」

「うーん、微妙なラインだねー」



なんでこんな中途半端な体温なの…。

高いなら高い、低いなら低い、って



「はっきりしてよもう…」

「それは、体温のこと?」

「えっ、ああいえっ」

「何か悩み事でもあるの?」

「いやっ…」


「とりあえず、休んでいけば?」

「え、いいんですか…?」

「冴島さんは真面目で頑張り屋さんだけど、それゆえに休むのを忘れがち」

「…はい」

「突然何かがあったとき、一生懸命になるのも大切だし凄いことだけど、自分の気持ちも大切にしてあげることも必要よ」

「自分の、気持ち…」

「今日は特別、自分の気持ちと向き合う時間にしてね」



ベットはそこを使って、と、カーテンを開けてくれた。

吸い込まれるように、ベッドに横たわった。



「自分の気持ち、か…」






シャッ!

突然カーテンが開いた。

びっくりして、半身起こした。



「大丈夫かっ」

「将に…あっ、えっと、冴島先生」

「また体調悪くなっちゃった?」

「ああいや、そういうことでは…」

「微熱だって聞いたけど…下がった?平気?」

「だ、大丈夫です、から…っ……?」



ベッドに半分床ドン状態で、額に手を添えられる。

あまりの顔の近さに目を見開いた。



「とりあえず大丈夫か…」

「や、やめてくださいよっ、誰かに見られたら…」

「え、あ、ご、ごめん、つい…」



自分の気持ち。本当の気持ち。

蓋をしてしまいたい。出来ることなら、無かったことにしてしまいたい。

認めたくない。気づきたくなかった。

でもどこか、否定しながらも肯定しているような…。



「あ、そうだ、田宮が呼んでたぞ」

「えっ…ああ!そうだった!」

「屋上だって言ってた」

「これから私は怒られに行くのか…」

「え、そうなの?そっち?」

「とりあえず行ってくる…」

「…行ってらっしゃい」



ドアを開けたところで、保健室の先生に遭遇。



「あ、先生、ありがとうございました」

「おっ、分かった?自分の気持ち」

「…分かっちゃいました、たぶん」

「そっか〜、その顔は知りたかったけど知りたくなかった感じ?」

「そんなとこです…」

「でも、気づけてよかったじゃん、じゃあね」



綺麗な保健の先生と将にいが話している姿が小窓越しに見える。

美男美女、楽しそうに談笑するのを見ていると、嫌な妄想をしてしまいそうで、すぐに立ち去った。


そのまま覚束無い足で、屋上へ向かった。

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