2-4
「ただいま〜」
……応答無し。あれ?
「ただいま…?うおっ」
とんでもない勢いで野菜を切る音。
とんでもない勢いでフライパンを振る音。
…怒ってんのか?
キッチンを控えめに覗き込む。
横顔が可愛い。…いやそっちじゃない。
「た、ただいまー」
「…おかえりなさい」
「あ、えと、きょ今日の夕飯なに〜?」
「しょうが焼き」
「た、楽しみだな〜」
「……」
「……」
「…着替えてきたら?あと早く手洗ってきて」
「あ、はい、すいません…」
怒ってる奏美も可愛い。でもあんまり嬉しくはない。
何かしたかな?身に覚えは…ありすぎて分からない。
ネクタイを緩めながら、奏美に近づく。
「ねえ」
「えっ」
「…なんか、ごめん」
「なんで謝んの」
「いやだって、怒ってるみたいだったから…」
「怒ってないよ」
「え、怒ってないの?」
「…ちょっと苛ついてるだけ」
「じゃやっぱ何かしちゃったんじゃん俺」
「何にもしてないって」
「ほんと?」
「……うん」
なんだよ、今の間。
避けられちゃってんのかな…。
「「いただきます」」
「やっぱ奏美の料理はサイコーだな、店出せるよ」
「褒めすぎだから」
「だって美味しいんだもん」
「あーもうそんなに口に入れなくても逃げないから」
「じゃあまた作って?」
「そりゃ、、作るよ?定期的に?」
「あひた」
「はっ?」
「明日!明日も作って」
「え、二日連続でしょうが焼き?」
「だって好きなんだもん」
「はあ全くもう…」
しまった。奏美をいつもの笑顔に戻そう大作戦のはずが……
本心を出しすぎて逆に苛立たせてしまっている…。
「いや、いいんよ何でもない!」
「えっ」
「明日は、そうだな、、奏美の麻婆豆腐食べたいなー!」
「…ふふふっ」
「へっ?」
「あはは、おっかし」
「な、何が」
「なんでもない、じゃあ明日の夜ご飯は麻婆豆腐ね」
小刻みに笑いを堪える奏美。
これはもしや…成功?
「「ごちそうさまでした」」
「食器、俺が洗うよ!」
「ほんと?助かるー!…けど、疲れてるんじゃない?大丈夫?」
「へーきへーき!」
「じゃあその間にお風呂洗ってこよっと」
「え、あーそれも俺が…」
「将にいっ」
「は、はいっ」
「そんなに気遣わないで?」
「えっ?いやでも…」
「将にいは、夢を叶えるためにあの学校で働いてるんでしょ」
「う、うん」
「だったら、私のことは構わなくていいから」
「いや…」
「今は学校に慣れるまで、自分のことだけしてくれてればいいから」
「ちょっとストップ!」
「え、なに?」
「…無理してるのは、奏美の方じゃない?」
考えないようにしてた。
いつも通り。今まで通り。
お兄ちゃんのままがよかった。
「無理なんて、してないよ」
「そう?でも…」
「ホントにっ、大丈夫、だから」
「もう、私だって子どもじゃないんだからね!大丈夫だってば!」
笑って誤魔化せられれば、何も問題は無い。
いつだって私は、将にいと一緒なら笑っていられる。
『将にいの妹で良かった』と、言える。
どうしたって私は、妹なんだもん。
そう思っていたのに。
力強く握られた手首は、もう言う事を聞かない。
立ち上がってお風呂場へ向かう足は、ゆっくり将にいの方へ振り返る。
そこに居たのは、将にいではなく、将太だった。
「顔見れば、嘘ついてることくらい分かる」
そんな顔で私を見つめないで。
「ほんとにごめん、無理させてるのは俺のせいだから」
そんな声で謝らないで。
「でもだからこそ、ちゃんと思ってることは言って欲しい」
そんな、そんな……。
「じゃあ、言うね」
「うん、言って」
「優しくしないで」
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