1-12

「ん、んん…」


横たわった身体に、優しく風が当たる。


「ごめんな…」

「ん、将にい…?」

「ああ、奏美、起きた?」

「うん、ごめん私」

「いいよ、俺こそごめん、色々考えさせちゃって」


浸かりすぎて逆上のぼせてちゃったらしい。

髪はいつの間にかサラサラに乾いていて、

ソファに寝かされ毛布が掛かっていた。


「逆上せちゃってても湯冷めするかなって思って」

「ありがと…」

「あ、あと髪、濡れたままだと良くないと思ってドライヤーしちゃったけど…大丈夫だった?やり直す?」

「ううん、大丈夫、ありがとう」

「お、おう」


可も不可もない会話だけがあって、肝心なところに行かない。

ちらちら目が合うだけで、どちらからともなく逸らされる。


「あのねっ」「あのさっ」

「「あっ…」」


ようやく話さなきゃという気になって、声が重なる。


「さ、先に、どうぞ」

「いやいいよ、奏美が先に」

「まずは将にいが、話して?」

「…わかった」


自分の日記でも開くように、将にいは話し始めた。


「奏美が小さい時から、俺ら二人暮らしじゃん」

「そう、だね」


でも小さいって言ったって、私はもう小一だった。

不思議なことに、それより前のことは何も覚えてない。


「俺はバイトしながら高校通って、まだ進路なんて全く決めてなくて」

「とにかく、二人の生活をどうにか守るので必死でさ」


「そうだよね、うん…」


「だから俺、全然奏美に構ってやれなかったから」

「それで?それで、あの学校に?」


「それだけじゃない」

「そもそも教師になろうと思ったのも、奏美が居たからなんだよ」


「え?」


「奏美が中学生になって、俺が大学三年の時、奏美をもっと近くで、今まで出来なかった分ちゃんと見たいし知りたいって思った」

「初めは、少しでもいい会社に就職するために無理やり大学に入ったんだ」

「もうろくに顔も出さない親父の仕送りだけで生きるのは嫌だったから…」

「でも、奏美を見ていて、奏美と同じように親が居ない中勉強したい人が日本にも沢山いて、そういう人のためになりたいなって」


「…夢、だね」

「うん、夢を持ったんだ、初めて」

「そっか…応援するよ!私」

「奏美…」

「こちらこそありがとう、将にい」



そんなこと考えてたんだ…。

相談してくれても良かったのに、そう言いそうになった。でも違う。私じゃ相談相手にはならない。

将にいは、言えば絶対に反対すると分かっていた。だから何も言わず実行した。


でもそこで、私は当然の疑問を持った。

いい感じに終わらせたという風に立ち上がりかけた将にいを、くいっと引っ張った。



「私もいいですか」

「あっ、はい、どうぞっ」

「学校には、その… 話、してあるの?」

「ああ…」


一瞬だけ口をつぐむ。でも、すぐに向き直して


「内緒っ」


満面の笑みで無邪気に言われてしまった。


「え?いやいや、なんで?」

「いいじゃん、俺が学校に採用されたってことはバレてないってことじゃん」

「まあそうだけど…そういうことじゃなくて!」

「じゃあ、どゆこと?」

「いやぁだから…」


ニヤニヤニヤニヤしている。何なんだ一体。


「どうやって二年間隠し通すっていうの?」

「いや…」

「えっ?」


違うの?そうじゃないの??


「うん、まあ、ねっ」

「ええー?」



そりゃ学校には言えるわけがない。実現のためには、隠すしかない。

基本的にあの高校では、先生と生徒との間で肉親関係があってはならない。教師による贔屓ひいきを防止するためだ。きっと他の学校も多くが、公でなくとも禁止しているはず。


一体、兄はどうやって学校側を"騙す"のだろう。

苗字の一致くらいはいくらでもあるからスルーされるとは思うけど、住所とか細かい個人情報が共通していれば一発でバレる。



「ねーどういうことなのー?」

「まあ、うん、頑張った」



何度聞いても濁されるだけで、結局最後まで分からないままなんだよね。

最終的に秘密は明かさざるを得なくなるんだけど…。


それはまた、後で。






───────第1話 fin──




お時間かかって申し訳ないです🙏💦‬

次回以降もお楽しみいただけるよう頑張ります🔥

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