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ピロン

私のスマホがメッセージを受け取ったらしい。


『いま終わった』

『すぐ帰るね』

『夕飯どうする?』


当然、将にいからだった。


「家の人?彼氏どうだって?」

「違うわっ!ほら、早くやる!」

「はいはーい」


もう、普通な表情で冗談ぶっ放すんだから。

そういう私も、真顔で返信する。


『友達の家にいます』

『帰りにスーパー寄るからリクエストあったら送っといて』


うわあ。

文面だけ見たら超冷たい人みたい。


「奏美ー?」

「ん?あっごめん」

「終わったよー!」

「おお〜お疲れー!」


いえーい!とハイタッチ。


「もう四時だ、帰った方がいいよね」

「そうだね」

「ごめん、ありがとう長時間付き合ってくれて」

「いいのいいの、お母さんの頼みだから」

「えっ、いつの間にそんなの…」

「はいはい、いいから、じゃあね」

「送ってくよ」

「大丈夫だよ、そんなに暗くないし」

「心配だから」

「大丈夫だってば」


それでも結局、駅に着くまで一緒に来てくれた。

大体いつも、二人で遊ぶと帰りはこの道を二人で歩く。

特に会話はないけど、嫌な心地は全くしない。


「じゃあ、また明日」

「うん、じゃあね」


改札前で別れて、

佳月が見えなくなるのを見送ってから

駅の反対口へ出る。

スーパーがこっち側で割と助かった。


「今日はキャベツとピーマンが安いのか…」


買い物カゴを腕に引っかけ、

その先の手は将にいとのメール画面。


「返信ないから、今日の夕飯は回鍋肉にしちゃお」


カゴに必要なものだけ放り込み、ささっとレジに並ぶ。


『回鍋肉ね、夕飯』


とだけメッセージを入れて、また改札の方へ向かった。


こうして、学校帰りに買い物をして夕飯を作る生活は

もう何年になるだろう。

改めて振り返ると、私よくやってるなあ。偉い。

今だって、キャベツをわしゃわしゃ洗ってる。

将にい、ほんとに料理できないからなあ。ほんと、全然。

短冊切りねって言っても、必ず薄い乱切りになるから。

お肉炒めさせてもムラだらけだし。


「将にい遅いな」


四時に連絡来て、それから私が買い物してから帰ってきて…。

なんだかんだ色々やって、もう一時間半以上経ってるかも。

確かに時計を見ると、五時半を過ぎていた。


「…ていうか、回鍋肉もう出来ちゃった」


勢い余って作ってしまった。

いや、もう何かしていないと気が済まなかった。

とりあえず使ったものを洗って、ぽすんとソファに座り込む。


「ただいまーっ!」

「おおっ」


将にいが、何の音も立てず、突然帰ってきた。


「奏美!奏美奏美奏美!!」

「なに」

「…まだ、怒ってる?」

「別に」


途端に冷たくしてしまうのは、何なんだろう。

突き放されて悲しそうに、ネクタイを緩めている。

チラッと見えた鎖骨から思わず目を逸らした。

それを見て限界が来たのか、そのまま物凄い勢いで近づいてくる。


「えっ?将にい?」

「話、させてよ」

「ちょっ…」


さっきとは違って、少し乱暴に私の腕を掴む。

声を出す間も離れる間もなく

二人の部屋のドアと将にいに挟まれ、身動きが取れなくなる。


「やめてよ…」

「やだ」


視線までも捕らえられる。

何この状況。少女漫画か何かに出てくるよね。

ってそんなこと考えてる場合じゃない。


「将にい、痛いよ」

「じゃあなんでそんなに冷たいんだよ」

「そんなに怒ることじゃ…」

「怒るよ」

「将にいだって、私に黙ってたじゃない」

「だから説明したいのに」

「素振りも見せないで怒るっておかしいでしょ」

「聞きたくないような態度なんだもん」

「はあ…将にい、今日おかしいよ?」

「…えっ」

「ほんとに、大丈夫?」


くるっと目の色が変わった。

つい今までの、獣みたいな将にいが嘘みたいに

ふにゃっと優しい顔に戻る。


「えっ、あーごめんごめん」

「あー、えっ、と?」

「先にお風呂入っちゃおっか、ね、ね」

「う、うん」

「話は、それからね、しよ、うん」


スタスタお風呂のスイッチを入れに行ってしまった。


…え?え、何なの?

情緒不安定なの?怖すぎるよもうやめてえ…。

でも、怖いと思った片隅に

見たことの無い兄に何とも言えない気持ちを感じた自分もいた気がする。

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