十一.十二月二十四日(四回目)
レストランの窓からは浜辺が一望できた。波が寄せては返すのを見ながら私はフォークに刺した牛肉に舌鼓をうっていた。そっと窓から視線を外して正面を窺うと、静かな表情で同じ肉を咀嚼する一の姿があった。
せっかくイブなんだし、たまには高いレストランに行こう。そんなちょっとした思いつきによる見切り発車の結果が、トレンディドラマなんかで良くありそうなこの状況だった。一応、お互いに有りっ丈の正装をして臨んだつもりではあるものの、 こういった経験に乏しいのもあって、最初の方は座り方からテーブルマナーまで覚束なかった。幾分か時間が経ち、店の雰囲気にも慣れてきたのか、どうにか肉料理を味わえていた。逆にいえば、前菜やスープ、魚料理などを口にしている時は、あまり余裕がなかったとも言えるのだけど。
時折、皿とフォークやナイフがぶつかり、微かな音を立てる。それと同時に、一が薄く微笑むのが目に入る。偶然かな、と疑い注意してみていると、やはり、音がする度に同じ所作を繰り返している。口に物を入れている時とは限らないから、そちらとは関係がないのは明白だった。
ああ、そっか。一の行動の理由におおよその見当をつけると、苦笑いを零しそうになる。それを察知したのか、もしくは手が止まっているのに気が付いたのか、どうした、と目線で問いかけてくる一に、同じく目線でなんでもない、と告げる。彼氏は特に何の蟠りもなく納得したのか、食器同士の衝突音をBGMにして食事をする作業に戻ったようだった。
私もフォークに肉を差して持ち上げる。表面の焼き色とやや赤みの残った内側の二つを目に映して、ぼんやりと綺麗だな、なんて思う。両手にかまえられた銀製の食器の二つは電灯を反射してその機能的な美しさを余すことなく晒している。両方を見比べたあと、ようやく、肉を口に放りこんでから、窓の外へと視線を向ける。そこに珍しいものを見る。
「雪、か」
ぼそりとした声を聞きながら、降り注ぐ白い小さな切片を見る。その悲しいほどの厚みのなさは、すぐにでも消えてしまいそうなほど儚いものに映った。
私はゆっくりと舞い降りる白い小さなまんまるの集団をじぃっと眺めたあと、ようやく食卓へ向き直る。そこで目線が合った一と静かな笑みを交わしあった。
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