十.十二月中旬某日(四回目)

「どうしたんだ舞。ぼんやりとして」

 目を開けると、一が呆れ顔で私を見ていた。まだ働ききっていない頭を軽く振りながら辺りを窺うと、右側には生協と食堂が入っている四角い建物があり、左側には背の高い木々に囲まれた喫煙スペースがあった。

 そこでようやく、ここが大学なのだと理解する。日の傾きと空気の冷たさから判断するに、冬の夕方より少し前だろう。なんだか、こんな景色を何度も見た気がした。

「なんでもない」

「そうか。だったらいい」

 一は私の表情を軽く窺ったあと、すぐに納得したようで再び歩を進めていく。まだ眠気が残っていたのもあってゆっくりと後に付いていく。程なくしてお馴染みの校門が近付いてくる。お互いに疲れを自覚しているせいもあってか、会話はなくなっていた。

「あれ、木上と沖石。今日は二人で帰りか」

 校門のコンクリート製の支柱に寄りかかっていたのは、同じ専攻の男友達だった。私も一もだるかったせいか、軽く手を上げて応じる。

「ありゃりゃ。お前ら、二人揃って相当やつれてんな」

 微笑ましげにこちらを見るこの友人に、小さく頷いて答えたあとに、そっちは、という意味をこめた視線を向ける。少なくとも表面上はかなり元気そうに見えていた。

「楽勝、って言いたいところだけど、俺はお前らより単位が危ないしな。毎日てんてこ舞いしてるよ。これはこれで楽しいけどさ」

 そう言って笑ってみせる友人の大きな声を耳障りだと思いつつも、少しその元気を分けて欲しくもあった。

「俺だって似たようなもんだ。やりたいことも色々あるし」

 私よりも少しは気力が余っているのか、一が力ない声で応じる。それを聞いて、私はフカフカのベッドの上から見た、後姿を思い出す。オンオフの入れ替えが上手いというのは理解しているけれど、それにしてもいつ寝ているのかという疑いを抱かせる。湿気た煙草みたいな表情をしながら、その実、内に秘めている熱の凄まじさを一番近くにいる身としてはよく知っている。

「こういう時期くらいはしっかりと禁欲したらどうだ」

「無理する方が身体に毒なんだよ。そうだろ、舞」

 男二人の馬鹿話を耳にしながら、私はちょこんと頷く。冬の冷たい空気がやたらと骨身に染みた。

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