九.十二月三十一日(三回目)
「そうか。舞のところでは笊蕎麦なんだな」
そう言って白い綺麗なお椀を片手に蕎麦を啜る一の顔を見て苦笑いする。なんとなく嫌な予感がしたので、年越し蕎麦は私が用意した。たいした手間ではないしね。
若手男性アイドルグループのなんとも言えない歌を耳にしながら、私も同じ形のお椀を持って蕎麦を啜る。江戸っ子みたいな大きな音がした。テレビを付けているものの、お互いそれほどの興味がないためか、無言の食事が続く。
「のどかだな」
大皿に盛ってあった海老の天ぷらをお椀内の蕎麦つゆに付けながらそう呟く一に頷く。揚げ物を咀嚼する様を見ながら、私も海老のすぐ近くに置いてあった舞茸の天ぷらをつゆにつけて口に放りこむ。素材の味を程好く生かせている気がして、我ながらなかなか美味く作れたと思った。
「お前って面倒臭がる割には、地味に色々できるよな」
「気が向いたから作ってみてるだけだよ。正直、これといった趣味がないから時間潰しがてらにやってみるだけで」
誉められて嬉しくないわけではないけど、こと、今日に限ってはそれほどの苦労もないため、大袈裟だなと感じた。続いて薄い衣に包まれたサツマイモを摘みあげた。
「それに器用なのはあんたの方でしょ。手先もそうだし、私がひいひい言ってる授業も要領良くこなしてるし」
「それこそ経験と下準備があってこその話だよ。まだまだ色々と修業中だしな」
その物言いを聞いてから、私は一が作った食器や家具を思い出す。彼氏のまだまだは、素人目ではあるけど謙遜にしか聞こえなかった。なによりも、創作物に向ける熱い視線と無骨な指先の細やかな動きを見ている身としては尚のことだった。
「あんたにとっては修業中でも、私にとっては特別だよ」
「そっか、ありがとな」
簡素な感謝の言葉と僅かな顔面の皺の動きから、今口にしたことが一応のところ本心であると認める。もっとも、あまり心を揺らしてくれているわけでもないみたいだけど。
「今年も、あと数時間だね」
「ああ。この一年、意外に早かったな」
気のない調子でなんでもない会話をかわしたあと、お互いに蕎麦を啜る。冬の寒さのせいか、炬燵の下では二人の足が絡んでいた。テレビから聞こえる実力派女性歌手の迫力のある声を耳にしながら、やっぱりこの味だなと思った。
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