六.十二月三十一日(二回目)

「なに、これ」

 下宿の畳部屋。紅白の女性若手演歌歌手をBGMにしながら、私は炬燵の上を見ながら震えていた。そこには白い煙を噴き出させる丼が二つ並んでいて、食欲をそそりそうな醤油の香りを漂わせている。今日でなければ、すぐにでも箸を開いて手を合せていただきます、だっただろう。

 一は訝しげに首を捻った。

「なにって。見てわからないのか。ラーメン」

「なんで、ここにラーメンが並んでるのかって聞いてるの」

 少し強めに尋ねた私に、一は何か悪いものでも食べたのか、とでもいうような顔をしたあと、口を開く。

「そりゃ、年越し蕎麦に決まってるだろう」

 信じたくなかった言葉を聞いて額に手を当てる。眩暈がしそうだったけど、なんとか自分を落ち着かせる。

「前に近所のおばさんが年越しに食べてるのを見てさ、一回やってみたかったんだよな、年越しラーメン。たしかにこれも中華そばなわけだし。って、どうしたよ」

「自分の見識の狭さをあらためて思い知ったというか、なんというか」

「なんだ、そりゃ」

 ぴんと来ない様子で首を捻っている彼氏を見て、自分とは違う世界に住んでいるんだな、と実感しつつ、炬燵の中に潜りこむ。近くなった分、煙に乗ったスープの匂いがより強く鼻腔に入りこんでくる。

「とにかく食べようか。放っておくと伸びちゃいそうだし」

 さっき一がお代を払いに行った時にちらりと見えた扉の外は雪が降っていた。こんな時(それに加えて年末)に出前を頼む彼氏の神経を疑いつつ、手を合わせた。

「まだなんか言いたそうな顔してるな。もしかして、豚骨が良かったのか」

「なんでもないよ。ほら、いただきます」

「まぁ、いいか。いただきます」

 ラーメンとともに届けられた割り箸を割る小気味の良いを聞いたあと、遠慮もせずに麺を啜っていく。出前の時間のせいか、少し伸びているけど、安っぽい醤油味はこれはこれで悪くないと思った。

「ラーメンはまぁまぁだな。丼の模様も昔っぽくていいし」

「まぁ、このぐるぐる模様が一昔前って感じだよね」

 適当に同意しながら、一枚だけ入ってたナルトを噛む。テレビからは歌姫の熱唱が聞こえてきた。

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