五.十二月二十四日(二回目)
聖夜の前日。カフェの窓ガラス越しにネオンの中を歩く家族連れを見ながら、一人でコーヒーを啜っていた。店に入ってから三杯目のそれは、煮え切らない気分のせいか、ただの苦い豆汁にしか思えない。かといって、スティックシュガーをカップに入れる気にもなれなかった。小さく溜め息を吐きながら、ちびちびとコーヒーを舐め続けた。
カウンターの方に目を向けると、レジの横にぽつんと小さなクリスマスツリーが置いてあり、それがよりテンションを下げていく。家に引きこもっていた方がマシだったかもしれない。そう考え直すとともに、一の顔を思い出す。
教授が、俺の好きなうつわ作家に会わせてくれるって言ってさ。
日取りと時刻を告げる時の輝かせた目を見ていると、さすがに空気を読まずに、クリスマス会は、なんて言う気もおきなくて、できるだけ快く送り出そうと試みた。
その結果として二十四日は自由の身となった。同じく予定が空いている友人や、忘年会をしている飲みサークルの面々にも誘われたけど、なんとなくホイホイとついていくのが嫌で予定が埋まっていると見栄を張ってしまった。
素直に人の好意を受け取って置くべきだったか。壁時計を窺えば午後九時を少し回ったところだ。今から行けば二次会くらいには間に合うかもしれないけど、それはそれでなにかあったのかと心配させてしまう気がするし、一々遅くに訪れる言い訳を考えなくちゃいけなくて面倒くさい。
せめて、一が楽しんでくれなければ割に合わない。そう思いつつ、言われるまでもないのは明白だった。あの男はとにかく物を作ることに夢中なのだから。
うつわ作家に彼氏を寝取られた。そんな風に考えるとともに、益々惨めになっていく気がして、また一つ溜め息が零れた。
その時、特徴的なゆらゆらとした声としっかりとしたギターベースドラムの伴奏が耳に入ってきた。私の携帯の着メロだ。素早く手に取って、本文を見た。
『ごめん遅くなった。チキンとケーキ買った。舞は家にいるのか?』
文才の欠片もない事務的な文章を読み終わって、思わず噴き出してしまった。こいつは本当に文系なんだろうか。そんな風に思いながらそそくさとメールをしたためる。
『今は行きつけの喫茶店。どうせ教授とかうつわ作家さんと外で立ち話もしたんでしょ? コーヒーの一杯でも飲んでいこう。』
送ったあと私もいい勝負だなと思いながらカップを傾ける。いつの間にか苦豆汁は冷えて一層まずくなっていた。
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