四.十二月中旬某日(二回目)
「どうしたんだ舞。ぼんやりとして」
目を開けると、一が呆れ顔で私を見ていた。まだ働ききっていない頭を軽く振りながら辺りを窺うと、右側には生協と食堂が入っている四角い建物があり、左側には背の高い木々に囲まれた喫煙スペースがあった。
そこでようやく、ここが大学なのだと理解する。日の傾きと空気の冷たさから判断するに、冬の夕方より少し前だろう。なんだろう、なにかを忘れている気がする。
「なんだ、もしかしてアレの」
「もうちょっとデリカシー持って。あと、別に体調が悪いってわけじゃないから。ただ、ちょっと、眠いってだけで」
なにかが釈然としない感覚を抱えたまま、とりあえず彼氏の台詞を遮るべく口を挟む。
「本当か。また、我慢してるんじゃないのか」
訝しげに問いかける一に首を横に振ることで応える。この男には付き合う前から、こちらの体調を言い当てられることがしばしばあった。といっても、正答率は半々といったところなので、少し心配症なだけなんだろう。
「それだったら、すぐに帰ってふかふかのベッドで寝るよ」
そう言って思い浮かべるのは、ガラクタやゴミ袋が溢れる一の部屋の中で唯一清潔さを保っているベッドだった。窓の傍に配置されている寝具は、今日もまた、日の光を思いきり吸いこんで寝心地が良くなっているはずだ。
私の考えを読んだのか、途端に一は呆れ顔になる。
「あれは一応、俺の寝床なんだけどな」
「いいでしょ、別に。一もやることがあるんだろうし」
欠伸を噛み殺しながら、男の手にある手提げ鞄を指差す。たしか授業中も教科書で隠しながら工作をしていたのを見ていたはずだった。
「そりゃそうだけど。俺も眠らないわけじゃないんだが」
「一って馬鹿だね」
私は急におかしくなってきて、男の肩を抱く。紺のコートの下にある以外にがっしりとした身体に満足を覚えつつ、小声で囁く。
「潜りこんでくればいいじゃない」
一は小さく溜め息を吐いてから私を睨みつけた。
「簡単に言ってくれるよな。寝かせてくれるのか、お前」
「さぁ、どうでしょう」
どこ吹く風という態度を取りながら寄りかかる。角度的に見えなかったけど、一の呆れ顔がしっかりと想像できた。
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