ECHO-09 -遺されし光-

@DotZonbie3

第1話 残されたひかり

「きこえるかい?」


きみには僕のことが見えているのだろうか。


赤子は、御包 スワドリングみの内側で、低く優しい音のさざなみに安心したのか、精神と肉体を縛られた外殻インキュベーターに包まれ眠っていた。


後ろ手に結ばれていた手に、湿り気のある余韻が伝わり、生まれて間もない命の質量を指の間に残す。


下へともたげながら発芽する真新しい白い首。少し生えかけてきた可愛らしい乳歯が、僅かに顔を覗かせていた。


『左巻きの、僕と同じつむじがふたつ逆巻いている』


そうだ、如何なる形をしていようが、他ならぬわが子だ。


よじれ合った二本の糸状をした、二重螺旋状の。分子化合物よりいと


ゆめをなくしたこの世の埋火うずみびだ。


耳を澄まして聞いておくれ、

最後の篝火きぼうを継いでおくれ。

製造者パパとして、そして父親セイヴィアとして、

最期まで傍にいてやれないわたしを赦しておくれ。


どうか私の分まで生き抜いてくれ…。


A little later▷▶︎▷▶︎


「誰かいるのかい?」


べっとりと、濃く塗られた闇の中で駆動音だけが響く―。


ひとつ残らず食べ尽くされた光が、高曇りに覆われた夜を本来の色にまで遡及そきゅうさせていた。


臍の緒に繋がれたままの、まだ綿も詰め込められていない、人形よりも軽い嬰児みどりごは。


灯り一つない大停電ブラックアウト後の死街地を、指を咥えながら自動保育器アングラーの油臭い揺り籠に揺られ、ゆったりとした歩調で闊歩している。


放置された、寂寥せきりょうとした家々を揺り籠が過ぎると、

声を投げかけた旅人の顔はしだいに青ざめた。

煤けた道路標識ガイドポストに、提燈カンテラの緑炎が仄かに色を映す。


   『夢魔ナイトメアだ…』


そう、旅人は心の中で音もなく叫んだ。


唯一、今この世で光を放つのは夢魔やつら提燈ひかりだけだ。


胃の腑が、恐怖に燃えるように痛むのを感じ、指先が震え、脱力し、やがて絶望し、色を失った…。


感染し、夢魔化した人々によって、この世界は闇に覆われてしまい、生き残った人々は息を潜め生きることを余儀なくされている。


神明の種火クピドーなど信じなければよかったと、旅人は心の中でそう強く後悔した…。


廃棄された玩具。踊り子の足。藤壺フジツボのように気味悪く並ぶ炯眼イビルアイ。貝類の尾ひれ。ひび割れたスノードームの中でそびえ立つ偽りの街…。


『疑いようがない、夢魔ヤツらだ。夜の海を回遊し、獲物エサを探しているのだ。私はこのままゆめを失い、聴覚を失い、嗅覚を失い、あらゆる感覚も、記憶も喰い尽くされ、最後には私自身をも喪うのだろう』


「・・・にいるよ」


夢魔がいたと思しき方角から声がする。


「本当に…? 本当に、この闇の中に誰かいるのだとしたら、声を聞かせてくれないか」


ここにいるよ。


・・・と、擬態化した自動保育器アングラーから、電子音声テープヒスのような掠れた声で呼応する少女の声が聞こえてくる。


機体が半透明に透けて、


中から暖かく、懐かしい光が漏れ出す。


それは、ECHO-09と表記された赤子から発せられた思念こえだった。


「あなたを助けに来たんだよ」

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