三.
遠くからこんな田舎くんだりまで、遥々来てくださって、ありがとうございます。儂がここで神主をしとるもんです。
学者さん。先に言っときますが、儂らの村はぞんびとやらとは何の関係もないんですわ。お気を悪くせんでください。
ただ、もうみんな疲れておりまして。先の大時化で死んだもんの喪すら明けてないうちに、そんな話を持ち込まれて、参っとるんですわ。
いくら似てると言ったって、お渦様と異人さんの作った生き死人が同じわけがない。
先生は面白半分で来たわけじゃあなさそうですな。
まあ、そういうことならお話しましょう。
この村がどうできたかはご存知で?
はい、その通りですわ。
落ち延びた貴族さんが作ったんです。
でも、こんだけ周りが崖に囲まれた村にどうやって来たかお分りで?
それはなぁ、先生。
渦ですよ。
ここの海は流れの違う潮がぶつかるところです。それが、さらにあの崖にぶつかって、それは複雑な渦になるんです。普通の海ならともかくあそこに落ちたら、助かると思わん方がいいでしょう。
それでも、何の因果でしょうか。
たまにその渦が逆にひとを運んでくることがあるんです。
船から落ちたりなんだりで、流れに流れて着くのでしょう。大抵は事切れておりますが、ごく稀にまだ息があることがございます。
遠くの昔、そうしてひとりの人間がこの村に流れつきまして。
地主様は自分の先祖のこともある。放っておけなかったんでしょう。屋敷へ運んで、来る日も来る日も看病し、ついにその者が目を開けたんです。
それが不思議な方で、何を言われても何をされても物も言わずに、菩薩様のような笑顔で聞いとる。歩けるようになると、分限者のとこにも物乞いのところにも、分け隔てなく歩いて見て回るんです。
最初はみな気味悪がりました。
意地の悪いものがその者の首に縄をかけて、船を引けというと不平ひとつ言わず引き、見返りも求めない。
ただ、魚の網に群がるひとをぼんやり笑って眺めるだけというんですから。
やがて、村の者たちはその者を海から来た神様だと思うようになったんです。
それがお渦様の始まりでした。
以来、大事にお祀りして、同じように漂着した者は手厚くもてなすんですわ。
ここの裏に祠と注連縄がありますでしょう。知らないなら後で見なさってください。
最初のお渦様をお祀りした場所ですよ。
派手なものはございませんが、村のものが花なぞ備えて小綺麗にしております。
こうしてやっとお渦様をちゃんとお祀りできるのも、今の地主様になってからです。
亡くなった方のことを悪く言いたくはないのですが、先代––、今の地主様のお父上ですね。あの方はどうにもこういった神事に興味のない方で。
ないだけならまだいいんですが、不信心なことも平気でなさる方で、何かと良からぬことも多かったものですから、儂なんぞはそれの始末に追われまして。
ただでさえ神社も祠も儂も捨て置かれていたというのに、それでは手も首も回るはずがありません。
ええ、今の地主様はちゃんとしてくださいます。
お身体が弱く、滅多にひと前には出ませんが、きちんとした方です。
後で先生もご挨拶なさってください。
お屋敷はここから北に行ったとこですよ。
崖にはお気をつけて。
地主様はお加減がいいとき、あの辺りをお歩きになるが、それは慣れてるからです。
お渦様のように浮いてこられるひとは滅多におらんのですよ。
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