二.




 おい、あんた。

 余所のもんだろう。見りゃあわかる。



 へぇ……、学者とはねえ。じゃあ、あれか。憲兵や何かと同じで動く死人のことを聞きに来たんだろ。

 知ってるよ。学者っていうのは、無学な田舎者がちょっと自分より物をわかってると、ひどく驚くんだな。

 馬鹿にしてる証拠だよ。気にいらん。



 何も勉強して知ったわけじゃない。俺は戦争に行ってたんだよ。


 志願して行った。理由? 今よりちっとはマシな暮らしがしたい以外にあんのかね。あんたは行かなかったのか?


 はぁ、目が悪けりゃ行きたくても行けんわなぁ。なるほどね。学問で食ってけるだけの頭がありゃあ、はじめから志願兵なんぞにならんか。



 この村からは六人行って、俺以外全員死んだ。


 馬鹿な話だが、ひとりでも戦争どころか村から出る前に死んだのさ。

 なぁ、おんぼろの包丁みたいになってる崖が見えるだろう。

 志願兵六人であの淵を歩いて、町に出ようってとこて、一番後ろを歩いてたやつの足元がぼろっと崩れてな。

 その前歩いてた俺があっ、って声聞いて振り向いたらもういなかった。

 笑えるだろ。

 笑わないのか。優しいな、あんた。



 軍の宿舎でもひとり死んだ。しごきに耐えられなかったんだ。階級以外にも力の差ってもんがあってな。田舎者ほど虐められる。

 俺なんか真っ先にと思ってたが、案外そうでもなかった。ほら、俺たちは訛りがほぼないだろう。だよな?



 何でかって? 意地だろうなぁ。


 元々この村を開いたのは、どっかから落ち延びてきた貴族なんだと。今じゃもう雅な血なんぞ数滴流れてるかも怪しいが。

 それでも、都人の意地があるらしい。言葉はずっとこのまんまだ。


 だから、軍隊の中でも思ってたよりいびられたなかったが、それでも耐えきれなかったんだろうな。ある朝、厠で括れてた。俺の従兄弟がな。



 俺は戦地まで行ったよ。動く死人?

 ……見たよ。ありゃあ、ぞんびって言うんだろう。



 暗い林の中で俺が鉄砲構えてるとき、木と木の間で、隠れようともせずにふらふら歩いてる兵士がいてな。


 俺が撃てもせずに眺めてたら、それで急にしゃがみ込んでな。用でも足してるのかと思ったら、何だろうな……口真っ赤にして、林ん中に転がった死体を食ってたんだ。


 食うとは言わんか。ただ猫が雀を遊びで狩るみてえに噛みついてるだけだった。


 そしたら、ふっと噛まれてた人間が立ち上がって、噛んでた奴と同じように歩き出した。思わず引鉄に手かけちまって、ぼんっと最初の奴の頭を半分吹っ飛ばしちまった。



 もう片方がどうなったかは知らん。知りたくもない。

 俺は逃げた。身体を隠すのも忘れて、ガキみたいに必死で逃げた。

 そんとき敵に足を撃たれてぶっ倒れたが、安心したよ。死人なら銃を撃つはずがねえ。俺を撃ったのは生きた敵だ、ああよかったってな。


 ちっともよくねえな。

 結局使いもんにならんって戦地から送り返された。帰ったとこでこの足じゃ漁も出られやしねえ。

 それでも村八分ってこたぁねえさ。去年の大時化でひとが大勢死んで以来、この村じゃどっかしら生きてるだけでありがたがられるからなぁ。唯一、俺の叔父は恥晒しだなんだと顔見るたびに詰ってきたが、そいつも波に呑まれちまった。



 考えてみりゃ、地主の息子も漁には出ねえんだ。身体が弱いらしい。

 よく患う割に、気性は意外と荒い男だ。思い通りにならん分溜め込むのかね。

 漁村の地主とは思えんほど色白だよ。



 ああ、そんな話したら思い出しちまった。


 ぞんびってのは、歩き方といい、お渦様みてぇだったな。


 お渦様ってのは何言われてもされても怒らず、ふらふらこの村中見て回って、足が擦り切れても平気で歩くからなぁ。


 何だ、学者のくせにお渦様を知らんのか。だから、神主の爺いに聞きに行くって?

 そりゃ引き止めて悪かった。行ってきな。



 崖には近寄るなよ。俺の戦友みたく、おっ死んでも知らんぜ。

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