属性変換効率


「なんだい、レオンハルトへの魔術指導をやめちまうのかい? だったら、アタシが引き受けようか?」

「そんな訳ないじゃろう、前から考えていたレオンへの修行の段取りを、変更せねばと考えていたところじゃ……学園の卒業、云々はどうでもいい。レオン、お主はフローラの、貴族として普通の幼少時代を過ごさせてあげたい、という希望からぬるい環境で育ってきた。属性変換効率が最悪のお主は、貴族として最低の評価を受けるじゃろう。それでも、儂に教えを乞う気はあるか?」

「当然!……って言いたいところなんだけど、属性変換効率ってなに? それが悪いと何がダメなの?」

「それは、修行中においおい……」


 祖父の言葉に被せるように、母が語りかけてくる。母は人差し指を上へ向けると、そこに小さな黒い魔力球を浮かばせた。


「レオ、今までに何度も見たことがあるでしょうけれど、属性魔術を覚える前に、こんな風に魔力を指先に集めて、球状へできるようにならなければならないの。それから、この魔力球を標的に向けて放ち、距離、速度、精度を高める訓練をするわ」

「フローラ、レオンの修行は儂が……」

「ええ、分かっています、お父様。これはお父様の認識と、レオの認識の齟齬を埋めるためですから……私とて、レオが普通の子なら、こんな段階を飛ばした話はしませんよ」

「フッ、いいじゃないか、フュルヒデゴット、フロレンティアがしなけりゃアタシがしているところさ。レオンハルトも、モヤモヤしたものを抱え込んだままでは修行に身が入らないだろう?」

「むぅ……」

「続けるわよ? この黒い素の魔力を変質させ、水や氷といった属性へと変化させるの。これが属性魔術の基礎なのだけど、この時、属性検査で適性があった属性だと、その魔力に変換しやすいのよ」


 母は指先に浮かべた黒い魔力球を水や氷に変える。という事は……


「あれ? じゃあ、適性のない属性でも使おうと思えば、使える?」

「そう、適性がない属性でもより多くの魔力さえ消費すれば、どんな属性でも扱えるの、こんな風にね」


 すると、母は次々と、指先にある魔力を火や雷などの属性へと変化させていく。


「昔、ヴィムに言ってたのと違くない? 一つの適性しかなくても馬鹿にしてはいけない、極めれば達人になれる、みたいなことを言ってなかった?」

「レオンよ、フローラは何も間違ってはおらん。一つしか適性がなくとも、侮ってはならんし、達人にもなれるじゃろう。じゃが、お主とヴィムを始め多くの者たちとでは立場が違う」

「立場……俺が貴族だってこと?」

「そうじゃ、貴族であるお主は平民の子と違って、彼らが仕事の手伝いをしたり、遊んだりしている内に、学ばねばならんことが数多くある。魔術もその内の一つで、多くの平民は属性変換効率など知らん。勿論、平民の中にも賢しい者はいて、気付いたりする者もおるが、彼らは周囲に吹聴したりはせん」

「どうして?」

「賢しいが故、と言ってしまえば身もふたもないが、基本的に平民の間では常識とされておらんし、こういう知識の差が力の差に結び付く。彼らは、おかしな奴と後ろ指差されるよりも、いざという時のため、事を有利に運ぶため、と秘匿している場合が多いのじゃ。そんな才気溢れる者は見つけ次第、性格に難がなければ警備隊や討伐隊へ誘うのじゃがな……」


 知識の差か……貴族や王族が領地や国内で永くその権勢を振るうのは、そういう理由があるからなのだろうか……


「フュルヒデゴット、話が逸れてるよ。フロレンティア、レオンハルトが抱えている問題点の続きを」


 マグダレーネが注意して、母を促す。母は指先の魔力を霧散させ続きを語る。


「レオの抱えている問題は、全ての属性に適性がないため、通常の魔術指導では凡庸な者ですら行える魔術を行えないかもしれない点。属性魔術を使えたとしても、大量の魔力が必要になるため継戦能力が低くなる点。そして、私が最も懸念しているのが、通常の魔術を教え込むことで、レオが先程見せた“変身”に悪影響を与えるかもしれない点。更に挙げるなら、“変身”が魔獣化と間違われて、討伐対象とされてしまう可能性がある点かしら……」


 思ったより、問題点が多いな……昔、マグダレーネが俺に告げた、魔獣化と間違われるかもしれない、というのを上回る欠点が羅列された。


「……成る程、そういうことじゃったか……ふぅむ」


 母の話に祖父は納得をみせ、何かを考え込み始める。


「恐らく、私が思い付かなかった欠点も、まだまだあるでしょう。その上でレオに訊くわ。貴方は凡庸以下の魔術の使い手になるのか、王族や貴族に魔獣化組織の一味と間違われ、私たちに迷惑をかける“変身”を使い続けるのか。貴方がどうしたいのか訊かせてくれる?」

「……」


 この選択肢は難しい……個人的には変身を使っていきたいが、俺の我儘で、家族だけでなく、世話になっているユッテを始め、お手伝いさんや警備隊、魔獣討伐隊、グローサー家に関係する全ての人に迷惑をかけるのは、俺の本意ではない……


 マグダレーネの言っていた、家族にすら秘密にしろ、とはこういう意味が込められていたのか……


「お母様、それは二択になっていませんよ? 結局、レオは周囲に凡庸以下の魔術の使い手と思われた上、変身するところを貴族、王族に見られないようにするしかないのでしょう?」

「エリー、結論を急ぎ過ぎる貴方の悪い癖が出ているわよ。せっかく、レオに事の重大さを理解させ、覚悟を決めさせようとしていたのに……」

「へ? どういうこと?」

「アンタがバカだって意味よ。周りが何と言おうとも、“変身”は使い続けるんでしょ? 全く、何が良いんだか私にはさっぱりだけど、お母様、レオなら既に覚悟を済ませてますよ? 二年前に私を助けようとした時からね。それよりも、お母様が既に想定している話をしてあげればいいではないですか」

「なんじゃ、フローラ、既に何某かの解を得ておったのか? 相変わらず、回りくどいのう。して、それは一体何じゃ?」


 母は思うように話し合いが進まなかったからなのか、大きくソファにもたれかかり、溜息を吐くように告げる。


「……変身の元になっている、魔力を実体化する具現化魔術よ」




 翌日、俺はマグダレーネと共に領都にある子爵庁舎へやってきていた。午後から庁舎に勤めている人達の前で、子爵位を得た報告という名のお披露目をする事になっているのだ。


「緊張してるかい、レオンハルト?」

「してないって言えば嘘になるけど、決められた台詞を言うだけだから大丈夫だよ」

「そうかい……」


 それ程広くない庁舎の玄関ホールに全職員が集められ、祖父が拡声の魔導具を使って、貴族の洗礼式が王城で行われるようになった経緯や、王が行った断罪などが語られる。


 特に魔獣化組織について、他領や王領などからやってくる者について厳重に警戒するよう告げられた。


「続いて、新たに誕生した子爵を紹介する。レオンハルト」


 祖父に呼ばれると、マグダレーネに軽く背中を押され、俺は職員達の前に出て行く。祖父の側にある小さな台座に乗ると、父、母、姉が最前列にいるのに気付く。


 その後ろに庁舎の関係者が大勢並んでいた。正確な人数は分からないが、ぎゅうぎゅう詰めになっている、後方の職員達には俺の顔が見えないんじゃないだろうか。


 ちゃんとした舞台があれば、彼等も窮屈な思いはしないだろうが、十年、二十年の間隔でしか新しい貴族が誕生しないので、無駄に広い空間を造り維持する必要は無いとの事だ。


「この度、子爵位を得たレオンハルトです。領内の政務については分かっていないことの方が多い若輩者ですが、指導、教育のほどよろしくお願いします」


 祖父に向けられた拡声の魔導具に、決められていた台詞を語ると、盛大な拍手が起こる。


「いずれ、お主らの上司になるやもしれんからな、突拍子もない指示を出されんよう、自身のためにも丁寧に教えてやってくれ。先ずは儂との戦闘訓練からじゃが、座学はディートヘルムに任せることになる。各部署、よく話し合って儂らがおらんでも廻していけるようにな。では、解散じゃ」


 祖父の号令で、職員達がバラバラと動き出すと、父が傍にやってくる。


「レオン、君の部屋を用意してあるから案内するよ。マグダレーネ様はどうされますか?」

「アタシも行くよ。これからは、レオンハルトの部屋で世話になるだろうからね」

「あれ? マグちゃんの部屋はないの?」

「アタシは既に引退した身だからね。領の施策に関して口を挟む気は無いのさ」

「ふぅん……」


 父についていこうとすると、祖父に声を掛けられた。


「レオン、ディートの案内が終わったら、先に練武場で待っておれ。午前中では済まなかった案件が幾つかあるのでな……」

「はぁい」


 そうして、父の案内で移動床に乗って六階に着き、一つの部屋に案内される。大きな窓の前に執務机があり、横には何も入っていない書棚が一つ。

 隅に低いL字型のソファとサイドテーブル、それと出入り口とは違う扉が一つあった。


「この部屋がレオンの執務部屋となる予定だけど、当分は勉強部屋になるかな? ひとまずはこのままで、家具なんかの何か足りない物があれば、言ってくれれば用意するからね」

「何にもない部屋なんだね、父さん。ところであの扉は?」

「いずれ手狭に感じるようになるよ。あそこは着替えたり、普段は使わないような小物を置いておく小部屋だね。使い方はレオンに任せるよ。取り敢えずは着替えておいで、お義父さんと訓練するんだろう?」

「独りで着替えられるかい? 手伝ってやろうか?」

「独りで、できるよ!」


 揶揄ってきたマグダレーネから着替えが入っている布袋を奪い取り、小部屋に入る。久しぶりの運動着に着替えると、父に連れられ六階にある母や姉の部屋の位置などを教えてもらいながら、更に階段を上る。


 屋上の一角に、白い壁と黒い三角の屋根の平屋が建っていた。


「そこの建物がお義父さんの言っていた練武場だよ。グローサー家に連なる者は代々ここで修練するそうだ。僕はほとんど利用してないけどね」

「どうして? 父さんも一緒に爺ちゃんに鍛えてもらう?」

「ハハ、僕は運動が苦手だからね……レオンに任せるよ……」

「ディートヘルム、苦手でも多少は動いておかないと健康に悪いよ? レオンハルトと一緒に汗を流していくといい」

「う……あ、えと、そ、そうだ、急いで片付けないといけない案件があるんだった! じゃ、じゃあ、後は、お義父さんが来るまで待ってるといいよ!」


 明らかに嘘だと分かる台詞を残して、逃げるように父はその場を去った。


「ったく、しょうの無い奴だ……まぁ、グローサー家にやって来た初日に、フュルヒデゴットにぶっ飛ばされれば、ああもなるか……」

「え? 爺ちゃんそんなことしたんだ? それはやっぱり、儂の一人娘に手を出したのはお前かー! って怒った感じ?」

「フッ、そんなよくできた、物語の一場面の様なことをあのバカがやるもんかい。ただただ、領主としてどのくらいの戦力になるか計っただけさ。まぁそういう気持ちもあったのかもしれないが、アタシにはとてもそうは見えなかったね」

「へぇ……」


 練武場に入ると、そこは磨き上げられた板張りの広い空間だった。何と無く日本の学校にある体育館をイメージしたが、あそこまで広くはない。


「レオンハルト、靴と靴下を脱ぎな。ここは使用した者が掃除することになっているからね」

「そうなんだ」


 マグダレーネに言われ裸足になり、磨き上げられた板の床を踏みしめる。ひんやりとした感触に心地よさと、この空間の雰囲気に身が引き締まる様な気がした。

 マグダレーネと共に軽く身体を動かしていると、やっと祖父がやって来る。


「待たせたな、レオン、早速、始めるか」

「爺ちゃんは、準備運動しなくてもいいの?」

「当たり前じゃ、常在戦場、何時でも何処でも闘える心構えは出来ておるわい」

「レオンハルト、確かに心構えは大事だが、鍛錬する前は必ず準備運動はしておきな。怪我をしにくくなるのと、体調を整える意味があるからね。フュルヒデゴットもいい加減な教え方をするんじゃないよ」

「むぅ、ばあさんがいるとやり難いのぅ……ま、ええわい。レオン、昨夜、話し合った通りお主の特異性、変身についてはばあさんに任せる。じゃが、それは基本的なことを学んでからじゃ。取り敢えずお主の力量を見たいから、全力でここを殴ってこい」


 祖父は俺の前でしゃがんで手のひらを前に出す。


「えと、魔力を込めるけど、全力でやっても大丈夫なの?」

「フッ、お主の全力が儂の身体強化を上回るのなら、魔術を教えるだけで済むじゃろうが、ま、恐らくそうはならん」

「ふぅん……」


 俺は祖父から数歩離れ、助走をつけて駆け寄る。


「オオオッ!」


 気合を入れ魔力を腕に込め、全力で祖父の右の掌に向けて拳を突き出した。バシン! と大きな音が鳴り響くが、祖父は微動だにしなかった。


「やはりな……確かに威力があるといえばあるが、身体の動かし方がなっとらんわい」

「身体の動かし方?」

「うむ、レオン、お主は正しい身体の使い方……武術を学ばねばならん」


 そういって祖父は立ち上がり、ニッと口元を歪ませた。



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