失われた魔術
夕方頃、子爵邸に戻ってくると、護衛としてついて来ていた魔獣討伐隊の連中とはここでお別れだ。
別れ際、彼等が俺の乗っていた馬や姉の馬を牧場まで連れて行ってくれるというので、そのまま任せる事にする。
「レオンハルト様、是非、将来は魔獣討伐隊への参加をお考え下さい。その時は絶対、アタシの部隊に引き入れますので」
「う、うん、俺もそうなったらいいな、とは思うけど、先ずは爺ちゃんと修行して、それから学園を卒業しないとだからね」
イーナが去り際に、俺を魔獣討伐隊へスカウトしてくれた。祖父との修行や訓練は耐えられそうだが、学業の方が心配だ……ちゃんと卒業できるのかな? という不安があるので曖昧な返事になってしまった。
子爵邸に入るとマーサを始め、多くのお手伝いさんや警備隊員が出迎えてくれ、洗礼式を終えた祝いの言葉を述べてくれる。
「坊ちゃま、七歳と洗礼、おめでとうございます。これからはフュルヒデゴット様やご両親の言いつけをしっかり守って、立派な貴族となってくださいませ」
「ありがとう、マーサ。……そういえば、母さんってこの春で幾つになったのか知ってる?」
マーサにこっそり尋ねたつもりだが、傍にいないと思っていた母に頬を抓られる。
「いででで……」
「まったく、貴方は……マーサ、通常の夕食の準備を。領都でのレオのお披露目は今夜の家族会議次第では取り止めになるわ。それからマグダレーネ様は?」
「まぁ、王都で何かございましたか? マグダレーネ様は直に呼んでまいります。ディートヘルム様も間もなくお帰りになるでしょう」
部屋で着替えを済ませ、食堂に向かう途中、マグダレーネと出会う。
「ああ、やっと帰ってきたのかい、レオンハルト。エリザベートも連れ出されちまうし、退屈で仕方なかったんだよ」
「ただいま、マグちゃん。明日から爺ちゃんと修行するから、マグちゃんの相手はしていられないかもしれないよ?」
「フッ、心配することはないさ、アンタの鍛錬にはアタシも付き添うつもりだからね」
「え? そうなんだ?……そういえば、王城で王妃様に会ったんだけど、マグちゃんに会いたがっていたよ? マグちゃんの若さの秘密を知りたいんだって」
「なんだって、レオンハルトが王城に? それにあの女、まだ、そんなこと言ってんのかい……」
「王妃様をあの女、呼ばわりしていいの?」
「いいんだよ、アンタだって変身できるように教えろ、なんて言われても困るだろう? 伝えようのないことなんて、どうやって教えるってんだい。世界との契約なんて誰も信じやしないだろうよ」
「それもそうだね……」
洗礼式から帰ってきた姉が、具現化魔術を試みようとしたが、出来ないと分かるとすぐ諦めてしまった。
それでも、世界に認められた者にしか、王の持つ炎の大太刀は持てないのだ。王妃も世界がどうこうという話は知っているんじゃないのかな? それとも王だけが知っている秘密なんだろうか?
階下へ降りて行くと、丁度、父が帰って来たところだった。
「父さん、お帰り」
「ただいま、レオン。それと、洗礼、おめでとう、これで君も貴族の仲間入りだね」
「ありがとう、でも、貴族になるには前途多難かもしれないよ?」
「うん? それはどういう……?」
「俺には分かんないから、後で母さんから聞いてみて」
母の話す内容が分からないので、ゆっくり首を振り、俺は先に食堂へ行っていると父に告げ、マグダレーネと共に食堂へ向かう。
俺とマグダレーネが先に食堂へ着き、祖父、父、姉と続き、母が一番最後にやって来た。
懐かしい子爵邸の煮込みハンバーグをつつきながら、洗礼式がこれからは神殿では無く王城で執り行われるようになった事や、宰相が話していたその経緯などを話していく。
「なんだ、それじゃあ、ある意味、私が原因なんじゃないの」
「そうじゃないわ、エリー。神殿の杜撰さと、魔獣化組織のせいよ」
「うむ、エリーが気に病むことではない。それで、魔獣化組織とやらはどんなもんじゃった?」
「ブルーメンタール家の調査力でも、その規模は分からないようでした。個人個人の戦闘力もバラバラで、宿で捕らえた者たちはそこまででもなかったのですが、一部はイーナやツェーザルでも手こずるようです」
「ふぅむ、あの二人でもか……儂が王都に赴ければ、いや、その前に領へ出入りする者の確認作業からじゃな。あの時は神殿の者に紛れ込んでいたが、既に何人か入り込まれておるやもしれぬ。先ずは、新しい住人などが増えておらんか調べなければな」
「そうですね、後日、ベルノルトたちも加えて対策会議を行いましょう。しかし、本当にヘンドリック王子が首謀者なのでしょうか? 僕らが学園に通っていた頃は無能な王子のくせに、なんて陰口を叩かれていましたが……」
「ディートヘルム、人伝の噂なんて当てになりゃしないのさ。この領を興した王女も周囲からは無能だと思われていたのだからね」
「そういえば、そんな話もありましたね……わざと無能に見せ、周囲を欺き、牙を研いでいたのか……」
「お父様、そうかも知れませんし、違うかもしれませんよ? 本当に無能だったのに、ある日突然、マグちゃんみたいに何か特殊な事情が起こったのかも?」
姉がマグダレーネに視線を向け話を振ったが、マグダレーネは片方の眉をあげ、肩を竦めるだけだった。
そうして、夕食の席が終わると、祖父より俺達は応接室に集まるよう指示される。お手伝いさん達はお茶の準備をした後、部屋から追い出され、この部屋にいるのは家族だけになった。
「僕がいてもいいのかな? グローサー家流の魔術に関しての話なのでしょう?」
「構わんよ、ディートもフローラもレオンの親なのじゃ。自分の子の現状を知っておくべきじゃろう」
「それで、お母様、レオの何が問題なのです? 全属性だったとは聞きましたけれど?」
母は溜息を吐くように息を吐き、俺達を見廻すとゆっくりと話し出した。
「……レオは全属性だったと言っていたけれど、それは魔力で無理やり反応させただけだと思うわ。その証拠に、属性を示す魔石はぼんやりと光っただけで、レオは全魔力を使い切ってしまったのでしょう?」
「う、うん」
「レオンの魔力量は神殿や魔獣化する者たちを欺くために抑え込んだとはいえ、中の中はあったのだよね? 本当に宰相殿が言うような検査機との相性が悪かったとか、レオン自身が魔力を送り込めなかったとは考えられないのかい?」
「レオは魔力症を終えてすぐに魔力の扱いを知ったから、魔力を送り込めなかった筈はないし、王城や魔導局に幾つもある検査機の中から、偶々レオに相性の悪い物が選ばれた、とは考え難いわ。属性検査機なんて単純な構造なのだから、その気になれば私でも造れるけど、きっと同じ結果になるでしょう。それに、ディート、思い返してみて? 貴方は相当少ない魔力量なのに、属性検査では魔石が十分に輝いたのではなくて?」
「そうだね、魔力検査ではほとんど輝きが見られなかったのに、属性検査ではハッキリと分かるくらい輝いていたっけ……あれで、本当に自分にも魔力があるんだなぁと実感したのだったよ」
父が昔の記憶を探るように、少し斜め上の方を見上げながら呟く。
「ふぅむ……となると属性変換効率が物凄く悪いということか? しかし、全ての属性に適性が無いとは初めて聞くのう。普通は一つくらい、何か得意な属性がある物じゃが……で、ばあさん、これはどういうことかの? めんどくさがりなばあさんが、レオンの修行に付き添うというのじゃ、二年前、王都で何を調べてきた?」
祖父がマグダレーネに話を振ると、皆が一斉にマグダレーネに目を向ける。
「ったく、昔っから勘のいい奴だよ、アンタは……」
「フン、あの時、儂には領主としての執務があり、フローラはエリーに魔術を教えなければならんかった。ディートにも仕事はあったが、喫緊で済まさねばならん案件はなかった。そこでディートが王都へ向かうのが適任となったのじゃが、ばあさんが率先してディートと共に王都へ向かうと言い出したのじゃ。道中の危険を排除してやるだなんて言葉に納得させられたが、本当は王都で何を調べたのじゃ?」
「当たらずとも遠からずって所かね。アタシはホントに魔獣化について知りたかったんだが……そうだね、実際に見た方が早いか。レオンハルト、フュルヒデゴットたちの前で“変身”して見せな」
「え? でも……」
マグダレーネの言葉に戸惑いを見せると、母が後押ししてくる。
「レオ、貴方の現状を私たちが知っておくことは重要なの。お互いがとんでもない思い違いをしたまま、通常の魔術指導を行っても、貴方は何も理解できず、私たちもどう教えればいいのか分からなくなってしまうでしょう?」
「……わかったよ、母さん」
掛けていたソファから立ち上がり、俺は手にスマホを具現化し、アイコンをタップするとベルトが装着される。
「なんじゃ? いったい何処から……」
「黙って見てな」
「……変身」
祖父とマグダレーネのやり取りを尻目に、俺はスマホをベルトに差し込む。赤い魔力のラインが俺の身体を駆け巡り、
「
というスマホの音声と共に、変身が完了した。
「なっ!?」
声を上げて驚いたのは父だけで、祖父と母は眉間に皺をよせ、何か探るような目を向けてくる。逆に姉とマグダレーネは既に知っていたからか、平然としていた。
「なんか、前に見た時と少し変わってない? 取り敢えず、その肩の大きく尖った部分はダサいわ。もっとスッキリしたものにするか、元に戻しなさいな」
それどころか姉は、俺が新たに考案したデザインにケチをつけてくる。
「え? そうかなぁ……こうした方がカッコイイと思ったんだけど……」
姉に反論していると、マグダレーネが口を挟んでくる。
「だからアタシが言ったろう? レオンハルトの小さな身体には不釣り合いだって。なにが、“これが若者の新感覚だ”だい? エリザベートもこう言ってるんだし、元に戻しな」
「む? そんなことはないぞ? その肩であれば、超至近距離からでもそれなりの体当たりが出来そうじゃ、どうせなら足元辺りも……」
祖父はデザインよりも実用、攻撃力重視のようで、この話に乗ってくる。
「お父様にマグダレーネ様、今はそんな話、どうでもいいでしょう? エリーも、私たちが不快感を抱かないよう、おちゃらけて見せたのでしょうけど、その様な気遣いは無用よ。レオが間違った道を進んでいない限り、いえ、どんな理由があろうとも、親である私はこの子の味方をするつもりなのだから」
「……そうだね、僕も驚きはしたけど、レオンの味方だよ。何の助言も出来そうにない、自分の無力さに歯がゆい思いをしているところではあるけど……」
「あ、ありがとう、父さん、母さん……」
期せずして、家族の前で変身する事になってしまったが、理解を得られそうな両親の態度に、俺は安堵した。
「ふぅむ、変身、か……。確かに鋭い爪や牙がある訳でなく、鎧の魔物の様に魔力であやふやな身体を成している訳でもない、魔獣化とは違うという訳か……言い得て妙じゃな」
「爺ちゃんは鎧の魔物を見たことあるの?」
「うん? うむ、魔物全般そうじゃが中々手強いぞ? ツェーザルやイーナでも一人では倒せんじゃろう。もし見つけても、決して一人で挑んではいかんぞ? で、ばあさん、レオンの変身について何か解ったのか?」
「ディートヘルムに報告させた報酬と、ちょいと王の依頼をこなした報酬とで、アタシは魔獣化について調べたいから、と王へ王城にある禁書庫の書物の閲覧を頼み込んだんだが……ああ、レオンハルトもういいよ」
マグダレーネの言葉に、俺は変身を解き、ソファへ座り直す。
「……結局、魔獣化については何も分からなかった。制限時間を設けられていたし、古い言葉で書かれていたため、読み解くのに時間が掛かり過ぎた。ただ、そこで、面白い記述を見つけた。初代王は“魔術”ではなく“神理”を使っていた、という記述さ」
「シンリ?」
「ああ、神の理と書く。初代王はこれを人々に伝えようとしたが、誰一人として扱えなかったそうだ。そこで、初代王は人々に扱えるよう様々な魔術を開発し、これを伝え広めた。ここからはアタシの推測だが、レオンハルトの使う魔術は時代を経て失われてしまった魔術の一つなんだろう」
「失われた魔術、か……もしかすると、魔獣化もそうなのじゃろうか?」
「どうだろうね? ただ、アタシは魔獣化については外法なんじゃないかと思っている。今も昔も人々は魔獣を忌み嫌っているんだ。わざわざ、そんな存在に成りたがるかね? 王都に関連した者しか魔獣化しないのは、魔獣本来の恐ろしさを知らず、その生涯を終える者が大勢いるからだろう。それに、ヘンドリックの異界の知識とやらもあるしね」
異界の知識か……一度、姉と話し合う時間を取りたいな、と思いつつ姉に目を向けると、姉もこちらを見ていた。姉はそっと視線を切ると祖父へ問い掛ける。
「それでお爺様、レオの魔術訓練はどうするのです? 属性魔術が使えないとなると、学園を卒業できないのでは?」
「む? ううむ……」
姉の言葉に祖父は考え込み始めてしまった。
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