真と魔導鎧
「いいですか、レオンハルト様? 絶対、オレやイーナの指示に従ってくださいよ?」
「うん、分かってる」
「くどいよ、ツェーザル、アタシがついてるんだし、これまでも、レオンハルト様はこっちの指示に従ってきたじゃないか。さっさと周りに指示してきな」
「……頼んだぞ、イーナ」
魔獣討伐へ俺が参加するのを渋っていたツェーザルに、イーナが手を振って追い払う。俺はイーナの馬に同乗し、機会を待つ。
グローサー領に入った途端、巨大な魔獣が歩いているのを発見した。のっしのっしと腹ばいで歩き、ワニの様な長い胴に大きな背びれがついている魔獣は、時々立ち止まると周囲を凍らせていく。
ドリッロと呼ばれるこの魔獣は、春先になると人里近くに降りてきて冬を留めようとするのだそうだ。放置していてもそのまま夏は来るが、農作物に冷害を与えるので、退治するに越したことはない。
討伐隊の連中が馬に乗って距離を取り、火の魔力弾を撃ち込み始めると、魔獣は身を守る為、全身を氷の膜で覆いだす。
「来るぞ! ハーゲン、右へ廻れ! ニコラ、援護しろ! レンツ……」
ツェーザルが矢継ぎ早に指示を出していく。魔獣は氷の膜を変化させ、亀の様な顔の額へ集中させる。そして、集めた氷を礫にして放射状に撒き散らす。
火の魔力弾を放った討伐隊員を、別の隊員が黒い魔力壁を創って一時庇うと、彼等は馬を見事に操り魔獣の攻撃範囲から逃れ、別の討伐隊員が注意を惹き付ける為、火の魔力弾を撃ち込んでいく。
「あのように、あの魔獣は火に反応すると全身を氷で覆い、それを額へ集めて撃ち出します。今のは放射状に小さな礫をばら撒きましたが、氷柱を撃ち出したり、渦巻く暴風雪のようにすることもあります。隙は額へ氷の魔力を集める瞬間です。アタシが機会を見極めて突っ込みますから、後は打ち合わせ通りに」
「了解」
暫くの間、魔獣討伐隊の牽制が続き、イーナは小刻みに馬を動かし、魔獣との距離を調整する。何と無く、魔獣の動きが鈍ってきたかな? と思っていると、
「イーナ!」
ツェーザルからの指示が飛ぶ。
しかし、イーナはすぐに動かない。別の討伐隊員が火の魔力弾を撃ち込むと、魔獣は氷で身体を覆い始める。魔獣が氷の魔力を集め出すと、イーナは魔獣に向かって馬で駆け始めた。
「オオオーッ!」
イーナが右手を上へ掲げると、炎の槍が形成され、彼女はそれを魔獣に投げつけた。魔獣の横腹に投擲された火の槍が当たると、魔獣は苦悶の雄叫びを上げ、集めていた氷の魔力を、氷柱にして誰もいない上空へと撃ち出す。
そのまま馬は魔獣へ向けて駆け続け、俺は腰に具現化しておいた鉈の様な短剣へ手をかける。魔獣の傍まで来ると、馬がターンする遠心力を利用して、俺は上へ伸びた魔獣の首目掛けて跳び掛る。
「ハッ!」
腕に魔力を込め一気に、魔獣の首を切り裂く。
放物線を描いて落ちていく俺を、馬に乗って駆けてきたカティアが、俺の服を掴んで馬上へと引っ張り上げてくれる。
その直後、ツェーザルが俺の斬りつけた魔獣の首に槍を突き刺していた。
「ハァアアッ!」
ツェーザルの槍から魔力が迸り、そのまま内部から首を爆裂させ、魔獣の頭が落ちる。首から先を失った魔獣は暫く暴れていたが、徐々に力を失いやがて動かなくなった。
「上手くいきましたね、これは結構な収穫ですよ?」
「え? そうなの?」
「ええ、コイツの内臓が貴重な薬品の素材になるだけでなく、皮や肉が高級素材として扱われているのです」
「へぇ……」
カティアが馬を操り、討伐後の指示を出しているツェーザルの元へ寄って行くと、イーナもやってきた。
「どうだい、ツェーザル、レオンハルト様に協力してもらって良かっただろう? この人数での討伐にしては、短時間で済んだし疲労も大したことがない。その上、傷が少なく素材も豊富だ。これ以上ない成果じゃないか」
「……確かに成果だけを見れば破格の出来だ。しかし、まだ幼いレオンハルト様に協力していただくのはやはり問題がある」
「アンタはお堅いねぇ……フロレンティア様もレオンハルト様も構わないと言ってるんだし、何より身体強化の状態に近いあの魔獣の硬い皮を、ああもあっさり斬り裂くんだ。利用しない手はないだろう?」
「う~む、それでもな……」
子供の俺を魔獣討伐に参加させたくないツェーザルと、利用できるものは利用しようとするイーナ。
考え方とかスタイルの違いなんだろうけど、イーナも俺に無理させない様に充分な安全マージンを取ってくれているので、俺としてはこうして魔獣討伐に参加できるのはありがたい。
王都からグローサー領へ戻る旅路の中、母が魔術について話してくれないのを理由に、俺は度々行われる魔獣討伐へ参加しだした。
弱い小型の魔獣を、何度か具現化魔術で創り出した鉈の様な短剣で切り裂いているのをイーナに見られ、今回初めて彼女の提案で大型の魔獣討伐に参加する事になったのだ。
魔獣の剥ぎ取りを見物する前に、馬車を降りて見守っていた母へ報告しようと足を向けると、幾つもの馬影がこちらに向かっているのを見つけた。
先陣を切ってこちらに向かって来るのは――祖父だ。祖父は俺の前で馬を止めると、ヒラリと馬から降りる。
「もしやと思っておったが、遠くから見えた火線は、やはりレオンたちであったか……して、魔獣はどうした?」
「もう、倒しちゃったよ? それより、すっごく大きな金槌だねぇ……爺ちゃん、ホントにそんなの振り回せるの?」
「む? 当たり前ではないか、この程度、扱えんようでは魔獣討伐などこなせんわい、ホレ」
祖父は背負っていた大金槌を取り出すと、俺の前でグルグルと振り回し始める。
そして、俺の目の前で振り下ろすと、ズガーン! と地面を打ち鳴らし、その衝撃の反動で俺の身体は宙に浮かび、更に傍にいた馬が驚いて何処かへ逃げ出してしまった。
「ありゃ?」
「ペッペッ、土を被っちゃった……爺ちゃんが凄いのは分かったけど、馬が逃げちゃったよ?」
「むぅ……ちと、調子に乗りすぎたか……」
祖父の後続にいた魔獣討伐隊の一部が、慌てて祖父の馬を追いかけ始める。残りはこちらに向かって来ると、先頭の白い馬に乗っているのは姉だと分かった。
「まったく、お爺様、何をやっているのです? 馬の育成には相当の手間が掛かるのでしょう? 私にあれだけ、馬の扱いについて話していたのに説得力がないではありませんか」
「ぬぅ……」
「俺が悪いんだよ、姉さん。俺がその大金槌をホントに扱えるのかって尋ねたらこうなっちゃったんだし……」
「そう、じゃあ、レオが責任を持って私の馬を連れ帰りなさい。アンタがいるってことは、馬車があるんでしょ? ここまで来たおかげで、もう、お尻が限界なのよ」
不機嫌そうな姉は馬を降りると、スタスタと母のいる馬車の方へ向かって歩いていく。
「爺ちゃん、姉さんはなんであんなに不機嫌なの?」
「あ~、お主が洗礼式に行っている間、修行の代わりに魔獣討伐へ連れまわしていたのじゃが、長時間の馬での移動が嫌だったようじゃな」
「へぇ……あ、俺もさっき、魔獣討伐の手伝いをしたんだよ?」
「何? フローラの奴、帰りの道中で、レオンに身体強化を教えたのか?」
「ううん、俺、属性検査で全属性だったんだけどさ、母さんが問題あるからって、魔術について何も教えてくれないんだ。それで、代わりに魔獣討伐に参加させてもらえるよう、ねだったんだよ」
「全属性なのに問題があるじゃと? ふぅむ、いくつか思い浮かぶことはあるが……しかし、お主は儂そっくりじゃな。儂もお主と同じ年頃には親父について回って、魔獣討伐に勤しんだものじゃ、ガハハ……」
そういって、祖父は俺の頭をグワン、グワンと揺らす。何と無く、グローサー領に帰ってきたんだなぁと感じた。
そうして、魔獣の処理を終え、祖父の連れて来た討伐隊と合流し、ヴェステンの街で一泊する事になる。夕食の席で、俺は個人的な戦闘の話は伏せ、洗礼式での出来事を祖父と姉に話す。
「なんで、アンタだけそんなに『イベント』が豊富なのよ!? それに王城へ行って王家の特殊な事情に絡むだなんて!」
「エリー、言葉使いが乱れているわよ。私がいない間に、気を緩め過ぎたんじゃないでしょうね?」
「うっ、申し訳ありません、お母様。でも、王の不思議な剣が御伽噺だと思っていた物と同じだなんて、私も……」
「フン、エリーよ、王の持つ剣が“始まりの英雄”と同一の物とは限らんぞ? あの話を参考に王家が権威を持つために似せた高性能の魔導具かもしれんし、御伽噺自体を王家が創り出したのかもしれん。それより、もっと他の所に目を向けよ」
「他の所ですか?」
「うむ、偽物だったとはいえ、王は実の息子に手を掛けようとした。その上、王太子の権限も取り上げた。親子の情よりも、周囲を納得させ、王国を安定させるための手段を選んだのじゃ。更には王家だけで解決し、事後報告でよかったであろうに、敢えてフローラとレオンをその場へ連れ出し、王の威厳を見せつけたろう? 二人とも、断罪の間とやらでの出来事を口止めされておらん。フローラやレオンから、王の公明正大さを、周囲の貴族に知らしめるつもりもあったのかもしれん」
う~ん、そうなのだろうか? 王の狙いが祖父の言うようなところにあったのだとしても、少なくともあの炎の大太刀は、この世界に認められた者にしか持てないのは違いない……
「心配しなくても、姉さんも学園に行く頃にはいろいろ起こると思うよ? 王都じゃ姉さんは有名人だし、現役の騎士との対決もあるしね」
「なんなの、その現役の騎士との対決って?」
「エリーには後で詳しく説明するけど、ブルーメンタール侯爵とのやり取りがあってね、どうしても断り切れなかったのよ……」
「対決ってことは、私は何を賭けるのですか、お母様?」
「貴方が賭けるものは何もないわ、向こうが騎士を続けるか辞めるかだけだから……負けても構わないから、気楽にいきなさい」
「はぁ? まぁお母様やお爺様以外に、負けるつもりなどサラサラありませんけども……」
「王都の騎士か……玉石混交、色々とおるがどの程度の奴なんじゃ?」
「素の状態では、うちの警備隊にすら入れないでしょう。礼儀もなってませんしね……ただ、魔導鎧で“真”の状態に無理やり持っていけるのではないかと」
「ふむ、魔導鎧か……儂は好かんが、良くも悪くもアレのおかげで魔獣討伐の被害が減ったのは確かじゃからな……」
「“真”とか魔導鎧って何なの?」
「“真”とは本当の身体強化のことじゃ。身体強化を行う際、溢れた魔力で己の全身を覆う状態のことを言うのじゃが、その防御力は圧倒的で、傷を付けるにはその魔力量の数倍もの攻撃力がいるとされておる。ただ、弱点もあって維持する為の魔力消耗が激しく、集中力を必要とするため、技や魔術やらが雑になりやすい。大昔の貴族は学園でこれが出来るかどうかの試験が課せられ、出来なければ貴族として認められなかったそうじゃ。それもあって、昔は身体強化が重視されていたのじゃがな……」
母やイーナが、自身の身体に薄いオーラを纏ってい状態のことだろうか?
「大昔ってことは今は?」
「その前提が崩れたのが、魔導鎧の存在よ。内側に刻んだ魔紋に魔力を流すだけで、“真”と近い状態になるの。利点はお父様が言った“真”の欠点を補うもので、戦技や魔術が疎かになるのを塞ぎ、魔石を用いれば継戦能力が長時間維持できる上、大した実力が無くても、ある一定以上の強さになれるのよ」
「へぇ、でも、魔獣討伐隊の連中は誰も使っていなかったような?」
「魔導鎧は高額だからね……王都で叔父様の家に行ったでしょう? 土地代も含めて、あの一軒が買えるほどの高額なものなのよ。そう簡単に手に入れられるものではないわ。他領の事情は知らないけど、グローサー領では“真”が使えないと魔獣討伐隊には入れないのよ?」
「そうなんだ……」
断罪の間にいた騎士達は鎧を着こんでいたが、あれが魔導鎧だったのだろうか? 祖父の言う“真”の状態になっていたように思う。
便利な魔導具のおかげで安全性は高まったが、真の強さからは遠ざかったのかもしれない。
母が俺の事情については、マグダレーネも交えて話したいと言ったので、夕食の席は終わる。
その翌日、俺は、黒い馬に跨り、姉の白い馬を引き連れて出発するのだった。
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