身体強化
「武術?」
「うむ、レオンは魔力の扱いを知るが故に、動きにおかしな癖がついておる。それを武術によって矯正する訳じゃな。さすれば、先程の突きの威力も倍増するじゃろう。その上、儂が思うにレオンなら武術の極意の一つを直に修得するじゃろう」
「極意の一つ? 他にも幾つかあるの?」
「まぁな……ばあさん、ちと、協力してくれんか?」
「構わないが、レオンハルトが心変わりするかもしれないよ?」
「何と無くじゃが、そうはならんじゃろう。それにレオンには時間が足りんしな……ばあさんの技を習得するには、時間が掛かりすぎる。とはいえ、何度か受けておけば、マズい状況というものが判断できるようになるじゃろう」
「時間? 何だか、話が見えないんだけど?」
「う~む、どう話すかのう……そういえば、先日、レオンは大型の魔獣討伐に参加したのじゃろう? その時、最初に魔獣へ攻撃した者が狙われ、次に攻撃した者が狙われだしたはずじゃ」
「うん、言われてみれば、そうだったかも?」
「基本的に魔獣は大きくなればなるほど、直情型が多くなってくる。その強大な能力へ任せっきりになるから、あまり考えずに行動する訳じゃな。そこで、昔から人は一人では体力的にも魔力的にも劣る魔獣に、知恵と勇気、複数人での連携によって対処してきたわけじゃ。フローラや魔獣討伐隊からの情報をまとめると、魔獣化する者は力任せ、魔力任せの者ばかりだったそうじゃ」
確かに、劇場で対峙した狼男は見た目だけで、風の魔術ばかり使っていたな……それでも、変身しなければ倒せなかったのだが。
竜モドキなんて、見事なパワーファイターだった。そんな奴を俺も力で捻じ伏せようとしたのだが……
「今回、グローサー家やブルーメンタール家が対魔獣に特化した者を多く連れていたおかげで、それまで騎士団を圧倒していた魔獣化組織に大打撃を与えたじゃろう? しかし、壊滅したわけではない。広い王都や比較的魔獣の被害が少ない王領のどこかに身を潜ませ、戦うための力を身に着けようとするじゃろう。再び世に出て来た時、人の考える知恵と魔獣の特性とを併せ持った、本当の意味での“魔人”としてな……」
「今よりも強くなるってこと? 時間がないってのは?」
「奴らがどれくらいの期間、潜伏するかは分からん。下手をすると、レオンが学園に通う頃、再び相まみえるやもしれん。状況にもよるが、お主が変身を使えない時、武術を知っておけば、己が身を助ける役に立つじゃろうからな」
「ふぅん……戦える力が身につくのは望むところなんだけど、マグちゃんは武術にどう係わってくるの? 爺ちゃんが教えてくれるんじゃないの?」
「アタシが得意とするものと、フュルヒデゴットが得意とするものとでは質が違うのさ。そうだね、さっきフュルヒデゴットへやったのと同じように、本気でアタシに突いてきな」
「う、うん」
俺はマグダレーネに向けて、腕に魔力を込め殴りかかる。マグダレーネはするりと身体を横へずらし俺の拳を避け、更に突き出した俺の腕に自身の手を絡めるようにして、俺の手首を掴む。
あ、何かマズいな、と感じた俺は、咄嗟に身体を動かそうとした。が、足を引っかけられ身体が浮き、ズダンと床に転ばされた。
更にどういう理屈なのか、肘と肩の関節をキメられ身動きが取れなくなってしまう。
「くっ、う、動けない……」
「このまま関節を壊してもいいし、頭や背中を踏みつけてもいい」
俺の顔の前でマグダレーネが、ダン! と床を踏み込む。
「うへぇ……」
「ホラ、立てるかい? 悪かったね、突然のことで驚いたろう? 前から思っていたが、アンタは勘所がいいねぇ……逃げようとするから思わず、技を掛けにいっちまったよ。ホントは腕を取った時、あそこからいくつか掛ける技があるんだよって教えてやるつもりだったんだがね」
マグダレーネの手を取り立ち上がると、俺はふと思い付いた疑問を口にする。
「今のが武術の一端って訳だね。でもさ、さっきのは俺の身体が小さいから簡単に転がされたけど、体格の全く違う魔獣には、余り有効な手段だとは言えないんじゃないの?」
「フッ、だから身体強化や魔術を混ぜて戦うんだよ。武術は何も相手を打ちのめしたり、抑え込んだりするだけじゃあないんだ。己が身体の有効的な使い方を知り、少ない労力で危険を躱すのが目的なんだよ」
「成る程、十回殴らなきゃいけないところを五回で済ませる、みたいな感じになるのかな?」
「ちと違うが、今はそんなところでよい。それでは、レオンが武術の有効性を分かったところで、身体強化を始めようか?」
「え? 武術をやるんじゃないの?」
「無論、武術もやるが先ずは身体強化からじゃ。できれば武術との同時進行が望ましいが、どちらかの出来が悪ければそちらに比重が偏る。身体強化を維持した状態で、自然と武術を扱えるようになるのが理想じゃな」
「成る程、身体強化は大事だもんね? どうやるの?」
「本来はどのような体勢からでも行えるようにならなければならんが、先ずは、肩の力を抜いて自然に立った姿勢でよい。そうしたら、自身の中にある魔力を体内で循環させるのじゃ。循環させる経路はレオンが廻しやすい方向でよい」
「ふぅん……」
祖父の言葉を聞き、俺は目を閉じて、自然体で魔力を循環させようとする。始めは血液の流れに合わせて、魔力を流れに乗せるのが良いのかなと思った。
しかし、戦闘で流血した場合、一緒に魔力も流れ出てしまいそうなイメージが湧いたのでそれはやめておく。
そういえば、変身した時、必殺技を使う為にベルトから各部位へ魔力の塊を注ぎ込んでいたな。あれを元に臍の辺りから魔力を下へ向かわせる。
腿から膝、脛、爪先から踵、ふくらはぎ、腿、腰へと通って、背中から頭上へ。そこから肩、腕へと廻し、腕から戻ってきた魔力を胸から腹、臍へと戻していく。
最初は右足から左腕、臍へ戻して左足から右腕といった8の字を描く感じで廻していたのだが、何かちょっと違うなと感じた。
そこで、臍から両足へと二分させ、そのまま左右の両腕まで廻し、二本のラインがクロスして臍へと戻って来るようにしてみる。
その状態で暫くゆっくりと魔力を廻していると、ある事に気付く、これは……
「ほう?」
「ぬぅ……昔から魔力の扱いを心得ていたとはいえ、儂の予想以上に早いな……」
祖父達の話声が聞こえてきたので、眼を開く。
「どうじゃ、レオン? その状態を維持したまま、この辺りを歩けるか? ゆっくりで構わんが……」
「うん、大丈夫」
祖父にゆっくりと言われたが、俺は普通の速度で練武場の奥まで歩いていく。そして、壁際で振り返ると軽く駆けだし、床を蹴って宙返りで祖父の前に着地した。
「どうよ? 爺ちゃん」
自然と浮かぶ笑みを隠せず、ポカンと口を開けていた祖父に問い掛ける。
「あぁ……こんなにも早くものにするじゃと? 上出来過ぎて、違和感だらけじゃが……ちと、待っておれ!」
「え? あ、ちょっと……」
祖父は慌てたように、バタバタと練武場を出て行ってしまった。
「なんだろ? マグちゃん、ちゃんと身体強化ってできてる?」
「ああ、アンタの異常さには慣れてたつもりだが、フュルヒデゴット同様、アタシも驚かされたよ……いくら才覚者とはいえ、教えた傍からこれだけ速く修得するだなんて、長い人生でもレオンハルトみたいな子は初めてだ」
「う~ん、まだ完全に修得したわけじゃないよ? 意識して魔力を全身に巡らせないといけないから、戦闘行為になると解けちゃいそうかな?」
「いや、それで直に戦闘行為まで可能ってんなら、アタシらの存在意義がないよ……フロレンティアが王都からの帰りで魔術について何も話していないと言っていたから、もっと時間が掛かるかと思っていたんだが……」
「そういえば、普通は帰りの道中で、魔術について教えてもらうんだったね。それじゃあ、これで普通の子に追いついたんじゃないかな?」
「いや、普通はそこまで動けるようになるのに、半年くらいは掛かるモンなんだが……覚えの早い者でも、季節一つ分くらいは掛かるんだよ? いつだったか、レオンハルトの洗礼前に、エリザベートとの模擬戦闘を行ったろう? あの日にエリザベートが既に“真”を覚えていると分かったんだが、これだって異常な速さなんだよ? とはいえ才ある者ならば、と納得のできる速さではあったんだが、アンタの場合は常軌を逸してる……」
「あ、そういえば、身体強化の延長線上に“真”もあったね。どうやるのかな? 魔力で身体を覆うんだっけ?」
「ちょ、ちょいと待ちな! 今の状態で“真”をやろうとするんじゃない! 理力が吹っ飛んでぶっ倒れるよ!?」
「へ? そうなんだ……」
「フュルヒデゴットが直ぐにでも戻ってくるだろうから、暫く待つんだね」
今度は慌てた様子のマグダレーネに止められる。
マグダレーネは俺が簡単に身体強化を覚えたように言っているが、身体強化を維持したまま身体を動かすのって実は結構難しい。
例えるなら、右手で四角を、左手で三角を描き続けるような感じだろうか?
身体強化に慣れるため、暫く身体を動かしていると、祖父が手に籠を持って戻ってきた。
「ホレ、受け取れ、レオン」
「ん? わっ!……っと」
祖父は籠の中から何か取り出すと、赤い物を俺に投げてくる。下手投げのゆっくりとした速度だったので、受け取るのは簡単だった。
「トマト? 俺、別におなかは減ってないよ? お昼も食べてきたばかりだし……」
「むぅ? 握り潰さずに受け取ったじゃと? 既に力加減すら理解しているとは……レオン、お主、昔から身体強化ができたのか?」
「ううん、身体強化の方法を知ったのは今日が初めてだよ?」
「では、何故に……?」
「それは……俺が変身できるからかな?」
「変身じゃと?」
「うん、実は……」
初めて狼の魔獣と戦った時、変身の力に振り回された。あの後、最初に行ったのは、自分の力加減を覚えるという事だった。
子供用の玩具、布で出来たボールや積み木なんかを、握りつぶさないよう扱う訓練をしたり、夜中にこっそり抜け出しては、身体の動かしかたを考察したりしていたのだ。
恐らく変身した状態は、俺の知らない内に、強制的な身体強化の状態にしていたのだろう。
俺は夜中に邸をこっそり抜け出していた事は伏せ、十倍の身体能力を持つ変身については個人的に長い間、慣れるために訓練していたのだと説明した。
「成る程のう……昨夜見せてもらった変身には、そういう能力があったのか」
「ただ、身体強化の方が変身より難しいね。変身の時ほど強く意識を切り替えなくてもいいけど、その分、身体に魔力を巡らせることへ意識を持っていかれちゃうから」
「ふむ……では、少し段階を飛ばすか」
「段階を飛ばす?」
「うむ、通常は魔力を循環させる訓練を、洗礼式の帰りの道中で教える。疲労感を伴うので休み休みやるのじゃがな……更に日用品も身体強化状態で扱えるように力加減を覚えるじゃが、これには相当時間が掛かるものなのじゃよ。レオンはその点を終えておるから次の段階へ進んでもよかろう。循環させる魔力の速度を落としても構わんから、できるだけ身体強化の状態でいるように。その内、寝ている状態でも身体強化を維持できるようになるのが理想じゃが、こればかりは、慣れる他ない」
「へぇ……“真”はまだなの?」
「うむ、“真”を覚える前に、先ずは身体強化の状態を身体に沁み込ませるのじゃ。でないと、“真”を覚えても効果が薄くなる。儂がいいというまで“真”については待つように」
マグダレーネは理力がなくなると言い、祖父は効果が薄くなるという。どちらが正しいのかではなく、どちらも正しいのだろう。ここは、先駆者の言うと通りにしておこう。
「それじゃあ、今から身体強化を維持したまま、日常生活を送っていればいいのかな?」
「いや、さっきも言ったじゃろう? 同時に武術をやるのじゃ」
「あ、そうか……で、どうやるの?」
「そうじゃのう……やはり、先ずは基本通り土台造りからやるか。こう両腕を突き出し、腰を落として馬に乗るような姿勢になるのじゃ……そう、ああ、もう少し、膝を閉めよ。暫くその姿勢を維持するんじゃ、身体強化を行いながらな」
祖父に言われた通り、空気椅子みたいな体勢をとる。足への負担が凄く大きく、直ぐに身体強化を維持できなくなった。
それどころか、暫くすると足の筋肉がプルプル震えてきて、その場で膝をついてしまう。
「ふむ、これは儂の想定内じゃったか……それなりに頑張ったが、普通の範疇を超えておらん。よいか、レオン、今度、水時計を持ってくるが、最低でも一刻は維持できるようにならねばならんぞ」
「うへぇ、そんなに?」
「うむ、武術では何より足腰が大事じゃからな。お主の様に腕力だけで力を出すのではなく、身体の各部位を連動させねばならんのじゃが、この鍛錬方法はその為の土台作りじゃな。ホレ、休んどらんで何度も立ち上がり、基本の姿勢をとれ」
「う、うん……」
こうして、祖父の指示の元、俺の鍛錬の日々が始まった。
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