お化け屋敷
ニクラスと二人そろって王都の街を歩く。この辺りは王宮や役所に役職を持つ人が多く住んでいる高級住宅街なのだそうだ。
「あの丘の上の立派な門構えをしている大きな邸が、この国の宰相、ディトイェンス家の邸だ。名門の一家で、何代も宰相を輩出し続けているらしい」
「へぇ、何代も続くなんて、余程きつそうな勉強をさせられそうな家だな」
「だな、あそこの子はきっと毎日、何時間も机に向かっているんだろう。想像するだけでも
高級住宅街なのだから、馬や馬車での移動ばかりになって、人通りは少ないのかと思ったのだがそうでもなかった。恐らく、使用人や下働きの人達なのだろうが、それなりに人々が行き交っている。
ニクラスと話しながら歩いていると、坂の上から女の子が一人走ってきた。俺達の前で立ち止まると話しかけてくる。
「ニクラス何処へ行くの? そっちの子はこの辺りで見ないわね?」
「こっちはグローサー子爵家のレオンハルト。ソフィア、今日は一緒に遊べないぞ。今、街の案内をしているんだ」
「こんにちは、良ければ君も一緒に行く?」
「私は初めて会った男についていくような安い女じゃないのよ? でも、そうねぇ……ニクラスがどうしてもっていうのなら構わないわ」
「だから、ついてこなくていいって。この辺りの案内をするだけなんだから」
「ホント、ニクラスってダメよねぇ……こんな住宅街を見て回って何が面白いっていうのよ。しょうがない、おねーさんの私が案内してあげるわ、ホラついてきなさい」
「誰がおねーさんだ、同い年だろうが」
「フン、剣ばかり振り回しているニクラスと比べて、私の方が断然に大人って話よ。レオンハルトも、もっと他のところを見て回りたいでしょ?」
「そうだね、せっかくだからお願いしようかな」
「流石、本物の貴族は話が早いわ。ホラ、行きましょ」
ソフィアと呼ばれた薄い緑の髪をしたボブカットの少女の後についていく。彼女のいう本物の貴族とは、領地を持つ貴族の事だそうだ。
幼馴染同士であろう二人は、仲良さそうに俺の前を歩いていく。どちらかといえば、ソフィアがニクラスに話しかけている機会が多いかな? ニクラスは面倒くさそうに受け答えしている。
「うん? こっちへ行くのかソフィア? レオンハルトにはつまらないんじゃないのか?」
「そんなことないわよ。あ、ほら、レオンハルト、あそこがこの辺りじゃお化け屋敷なんて言われている、交通局に勤めていたって人が住んでいた家よ……人が住まなくなってもう何十年も経つのですって」
「え? お化け屋敷って皆が呼んでいるのは知ってたけど、そんな話、初めて聞いた……」
「なんでアンタが知らないのよ、ホントにもう、私が居ないとダメなんだから……」
「アハハ、ニクラスって将来はソフィアの尻に敷かれそうだな」
「ちょっ、やめてくれよ」
「そ、そうよ、私とニクラスはそんなんじゃないんだから」
ニクラスはそうでもないが、ソフィアは少し頬を赤らめている。何と無く、ソフィアはニクラスに好意を持っているのかな、と感じた。
お化け屋敷と言われた家は、前世の日本のゲームや映画で見たものほどボロボロではない。ただ庭の手入れがされてないらしく、一部の草がボウボウに生えて植木の手入れがされてないくらいに見えた。
窓ガラスも割れていないし、蜘蛛の巣が張っているわけでもなく、石の壁が少しくすんでいて少し古いだけの、手入れがされていない邸のようだ。
そのお化け屋敷の側の細い路地を抜けて進んでいく。
暫く歩いていると、高い壁のせいで薄暗くなった路地裏に入る。そこを進んでいくと、四人の男達が通りを塞いでいた。
「よお、坊ちゃんたち、ここを通りたけりゃ、払うモン払ってもらわなきゃなぁ」
「ククク……」
太った男が話しかけてきて、痩せた男二人はその後ろでニヤけている。その奥に
ソフィアはニクラスの腕を取り、不安そうに彼を見上げる。ニクラスは俺の方に振り返り、更にやって来た方に目をやった後、男達に向き直った。
「オ、オレが時間を稼ぐから、レオンハルトはソフィアを連れて、来た道から逃げてくれ」
ニクラスはぎこちなく上ずった声で俺に告げる。
「ククク、なぁにビビッてんだよ、出すモン出しゃあ、なぁんにもしねぇって」
「そうだぜ、ニクラス。こんな奴らにビビる必要なんかないって」
「あん?」
俺はニクラス達の前に出ると、男達と対峙する。すると奥にいた灰色ローブの人物が木箱から立ち上がった。
「全く、貴方たちは……絡む相手を見極めることもできないのですか? 今がどういう時期なのか忘れていませんか? どこからどう見てもその子は貴族の子でしょう。となれば、十中八九、地方から洗礼式にやってきた貴族に違いありません。洗礼前の子とはいえ、何かあれば貴方たちなんか簡単に潰されてしまいますよ? 王宮に務めている木っ端役人など、手も足も出ない程の武力を有しているのですから」
「……チッ、行くぞ、オメェら」
太った男が舌打ちをして、俺達に背を向けて立ち去り、仲間の男二人もついていく。灰色ローブの人物もその後に続こうとするが、俺はその背に声を掛けた。
「ローブを着たアンタの名は?」
灰色ローブの人物は背を向けたまま立ち止まり、ほんの少しだけ頭をこちらに振り向け答える。
「遠慮させて頂きましょう、貴族に目を付けられるのは得策ではないのでね。貴方もまだ本物の貴族という訳でもないのですから、私に対しての強制力はない筈ですよ。貴族に媚び
そう告げると灰色ローブの人物も立ち去った。恐らく女性だとは思うのだが、その声は低く、本当は男性だと言われても違和感がない。
「ふぅ、危ないところだったなぁ、レオンハルト、君って度胸があるなぁ……」
「そうね、レオンハルトのおかげで助かったわ。あんなヤバそうな連中、この辺りじゃ見たことも無かったのだけど……私のせいで不愉快な思いをさせてしまったわ。ごめんね、二人とも……」
「別にあの程度の連中、魔獣に比べればホントに大したことないさ。多分、俺のような地方からやってきた貴族が街に溢れているから、あの連中も避けようとして、この辺りにまで来たんだろう」
「あ~そうかもな、なんかケチがついちゃったし、別のところへ行こうか」
二人を安心させるため、あの連中は大した事ないと言っておいた。本当にあの男達は大した事なさそうに思えた。
ただ、灰色ローブの人物だけは何というか、ある種の
「レオンハルトは本当に領地を持つ貴族なんだなぁ……なぁ魔獣ってどんな感じなんだ? 話には聞くけど、王都いるだけじゃ、まず出会うことはないだろうって爺さんは言っていたし……」
「あれ? 王都じゃ魔獣化で騎士団も苦労しているって……」
「魔獣化? なんだそれ?」
「あ、いや、知らないのならそれでいいんだ……」
おかしいな? マグダレーネの話だと王都では何件も魔獣化による事件が起きていると言っていた。
それも一年半以上前の話で、更に事件は続いているのかと思っていたが、既に解決しているのだろうか?
それとも大人達は子供達を不安がらせないために、秘密にしているのだろうか?
「なんだよー、そこまで言っておいて、気になるじゃないか」
「う~ん、詳しくは俺も知らないから、大叔父さんにでも聞いてくれ」
「えー? 爺さん、教えてくれるかなぁ……」
「全く、貴方たちは物騒な話ばかりして……あら? あの人どうしたのかしら?」
お化け屋敷と呼ばれていた邸の辺りまで戻ってくると、薄汚れた男が一人、壁に手をつきながらヨタヨタと歩いていた。
「おじさんどうしたの? 気分が悪いの?」
ソフィアが心配そうに男に近づき声を掛ける。
「う、ううううう、うぐぅうう」
男は呻くばかりで、その場に蹲った。ソフィアが手を掛けようとすると、男の肩甲骨辺りがボコッと膨れ上がる。アレは……!
「ソフィア、そこから離れろ!」
「え? な、なにが……?」
戸惑っているソフィアに近づいてその腕を取り、男から連れて離れる。茫然としているニクラスを手招きで呼び、二人を押しやりながら俺は告げた。
「二人とも、もっと距離を取れ、あれがさっき言っていた魔獣化だ」
「へ?」「え?」
男の身体がボコボコと、膨らんだりへこんだりしながら歪んでいく。
「ニクラス、ソフィアを連れて、母さんと大叔父に知らせてくれ」
「なっ……? れ、レオンハルトはどうするんだ?」
「俺は追いつかれないようにコイツを見張っておく、何があるか分からないからな」
「でも、それならオレも!」
「いいから、ソフィアは友達なんだろう? 君が守ってやらなくちゃいけないだろ?」
ニクラスと言い合っていると、男が立ち上がる。
「うがああぁああ!」
その首がグニョグニョと伸びていき、ドロドロとしたものに覆われた。
「な、なによアレ……!」
そう呟いたソフィアに向けて、男の手から変なものが伸びてくる。俺は咄嗟に鉈の様な短剣を具現化して、細長い何かを斬り飛ばした。
斬り落としたものはブズブズと液状化していく。
「早く行け! 武器も持っていない奴らは邪魔だ!」
「くっ……い、急いで爺さんを呼んでくる! 無理はするなよ、レオンハルト!」
ソフィアの手を取り、走り出したニクラス達の背後に次々と触手が伸びる。俺は飛び出して、左手にも短剣を具現化しながら何本もの触手を斬り飛ばした。
振り返ると、二人は薄暗い路地を抜けだしていくところで、上手く逃げられたようだ。
「チッ、なんだよ、やっぱり、まだ解決している訳じゃないのか」
右手に持っている短剣を霧散させ、新たにスマホを具現化させる。
「さっきの灰色ローブの奴はこの近くにいるか?」
「――否定、周囲、500リロには存在しません」
姉を攫いに来た奴らが灰色のローブを着ていたので、さっき会った奴が関与しているのかと思ったのだが、俺の考えすぎか……?
そのままスマホの“変身”のアイコンをタップする。ニクラス達が母や大叔父を連れてくる前にさっさと片を付けてしまおう。
「変身!」
「
左手に持っていた短剣も霧散させ、ベルトにスマホをはめると変身が完了する。
首が長くなった魔獣男は、再び手から触手の様な物を伸ばしてきた。俺はベルトの背後に付けている筒を取り出しスイッチを入れる。
ヴォンと音がして赤い魔力の刃が形成されたフォトンブレードで、触手の様な物を斬り飛ばす。
あの首が伸びた魔獣は何の魔獣なのか分からないな……どこに魔石があるのだろう? そんな事を考えながら、俺は魔獣男が伸ばしてくる触手の様な物を斬り飛ばしつつ近づいていく。
首の伸びた魔獣男の顔は白目をむいていて、口からは涎を垂らしていた。意識がないように見えるが、どういう理屈でこちらを認識しているんだ?
魔獣男が触手の様な物を伸ばしてくるのを止めた瞬間を見計らい、俺は魔獣男に跳びかかる。
「ハッ!」
伸びた首を狙って、フォトンブレードを振るうと、いとも簡単にその首先を斬り落とした。そして、転がり落ちた魔獣男の頭を踏み潰す。
中から液体が飛び散り、シュウウと蒸発していく様子に、違和感を覚える。頭蓋骨がこんなに柔らかい筈がない。
振り返ると男の腹が膨れ上がり、それを食い破って何かが飛び出してきた。咄嗟に横へ飛んで躱す。
「うへ、気持ちわりぃな」
飛び出してきたのは、ムカデの様に幾つも連なった胴を持つ大きな虫のような魔獣で、甲殻ができていないのかドロドロしていた。
丸まってグネグネと動いていると、そのいくつもある胴の部分から細長い節のようなものが生えてくる。
俺自身、今まで倒してきた魔獣の中でも虫型の魔獣は二体しかいない。
虫型の魔獣は余り強くないのだが、面倒くさいのが多く、厄介なのが特殊な効果のある魔術を使ってくる場合が多い、とマグダレーネが話していたのを思い出す。
「あ~もう、仕方ねーなぁ……汚ないけどやるしかないのか……う~ん……」
厄介な攻撃をしてくる前に、倒すことに決めた俺はフォトンブレードをベルトにしまい、スマホに触れる。
フォトンブレードで斬り裂いていくより、一撃でキメるキックでいく事にした。
「
魔力が右足の先に溜まると、俺は数歩駆けて跳び上がり、蹴りを繰り出す。
キックによって吹き飛んでいったムカデのような魔獣は、ベシャッと壁にぶつかり灰化してしまった。
「うへぇ、汚いなぁ……これ変身を解いたら、元々履いているブーツに、この汚い体液みたいなのが付いちゃうんじゃないのか?」
俺はその場でタオルを具現化して、汚れた右足や飛び散って身体に少しかかった体液を拭きだした。
何枚か創り出しては拭き、次々とタオルを消し去っていく。大体、取れたかなと思っていると……
「警告。上空より迫る魔力反応あり」
「うん?……なんだあれ?」
スマホの警告に従い空を見上げると、羽の生えた何かが落ちて来るところだった。
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