罵り合い
ズシンと音を立て、路地裏の石畳を踏み割ったソイツは、ゆっくりとこちらに振り返った。
ワニのような長い口から短い髭を左右に一本ずつ伸ばし、頭頂部に二本の角が生えている。
首も少し長く、顔や羽だけ見るとどことなくドラゴンのように見えるが、その身体はズングリムックリした体型で、肩や腕、胴、脚なんかが岩の様にゴツゴツしていて重そうだ。
ただ、背丈が低く、俺と同じくらいの身長に見えた。
ソイツは背中から伸びているコウモリのような皮膜のある羽を折りたたみながら、俺の背後にある灰化した魔獣の成れの果てを見て問いかけてくる。
「もしかして、オメェか? タオゼントフースの種を与えておいた野郎を倒したのは?」
「ああ、そうだぜ、それよりお前が魔獣化に関わってんのか?」
「あん? 何言ってやがる? オメェだって関わっているだろうが……ああ、もしかして気に入っている奴だったのか? そりゃ悪かったな。で、この辺りじゃ見かけ無い黒銀のオメェはどこの部隊だよ? オレと変わらない背丈からして、新しく入ったギフテッドのモンかと思ったが、それなら、オレに連絡がこない訳がないしな」
「……」
コイツ、俺を仲間だと勘違いしているのか? マグダレーネが言っていたように、やはりこの変身した姿は魔獣化したように見えるんだな……
だったら、何とか言って誤魔化せないだろうか? コイツが魔獣化事件に関わっているのは分かったが、俺を仲間だと勘違いしている内に、少しでも情報を引き出したい。
種を与えた、とか言っていたな……となるとコイツは実行部隊、組織の下っ端構成員といったところか。バカそうだしなんとかなるかな?
「オイ、何とか言ったらどうなんだ?」
「……上からの命令でな、お前の様な下っ端には明かせねーんだよ」
「ハァ? 何言ってんだオメェ……イェルン様の一番の部下であるオレに、知らない部隊がある筈ないだろ? ナメてんのか?……なーんか怪しいな、オメェ……」
うへ、コイツ、組織内じゃそれなりの地位にある奴だったのか……
「ハッ、そう思うのはお前の勝手だが、人前で口にするモンじゃあないぜ? 大体、イェルンの奴はお前を一番使えるとは思ってないかもしれないだろ?」
「口の利き方に気を付けろよ、黒銀野郎。イェルン“様”だろうが、クソ新人。生意気な野郎だ、今ここでシメてやるか」
岩のような身体の竜モドキは、胸の前でゴツンと両拳を打ち鳴らすと、ズンズンとこちらに歩み寄ってくる。
あ~、選択肢を誤ったか……まぁ、コイツを倒せば、王都の被害も少しは減るだろう。
俺は挑発するように掌を上に向け、クイクイッと指を動かす。
「オラァッ!」
竜モドキが拳を振り上げ、突き出してくる。
見え見えのパンチに俺はUの字を描くように上体を動かし、パンチを避けて相手にボディブローを放った。しかし、ガツンと殴り付けた左の拳に痛みが走る。
「かってぇ」
俺は左手をブラブラと振った。コイツ、見た目通り硬くて重いな。
「ククク……なんだぁ、その小バエみたいな拳はぁ? 攻撃ってのはこうやんだよォ!」
竜モドキが俺を蹴り上げてきた。両腕でガードするが、その重い蹴りに俺は吹き飛ばされてしまう。
勢いよく壁にぶつかり、そのまま壁を壊して、お化け屋敷と言われた邸の庭に転がされた。
「ツゥッ……」
痛みを抑えながら立ち上がると、俺が開けた穴を広げるように壁を壊して、竜モドキもお化け屋敷の庭に入ってくる。
「どうだクソザコ新入り、オレ様の実力が分かったかよ? 今、謝れば半殺し程度で許してやるぜ?」
「ハッ、クソトカゲモドキに下げる頭なんか持ち合わせてねぇよ」
「よく言った、黒銀野郎、死んで詫びろ!」
ドタドタと不細工に走ってきた竜モドキが殴り掛かってくる。
俺は竜モドキの左側に回り込むように躱し、頭を狙ってハイキックを放った。
しかし、竜モドキが強引に一歩踏み出してきたせいで、キックはゴツゴツした肩に当たる。
素早く脚を引き戻し、反撃してきた下からの大ぶりな拳を躱した後、屈んで足払いを繰り出す。
ガン! と鈍い音を立てるだけで相手を転がす事はできなかった。
そこへ、竜モドキが足を上げて踏みつけてくる。
俺は転がりながら立ち上がり、その胸を蹴りつけて後方へと跳び下がった。
「クソが、チョコマカとうぜぇ野郎だ。オメェの攻撃なんて効きやしないんだから、諦めてさっさと死にやがれ」
「お前のトロくさい攻撃なんて、欠伸をしてても避けられるのにどうやって死ぬってんだ? それにあの程度で俺が全力を出していると思ってんのなら、勘違いも甚だしいぜ」
「フン、強がりを……口だけは立派だな」
“変身”した十倍の身体能力を持つ俺の通常攻撃が全く通用しない。コイツは動きの遅いパワー&タフネスタイプなのだろう。
こういう奴はフォトンブラスターで一定の距離を保ちながら、離れて攻撃していれば安全に倒せるのだろうが……
俺はベルトの右側に装着している、アヴェイラブル・ギアと名付けた銀色の四角い金属を取り外すと二つに分割した。
そして、左右の手甲に付いているスリットにそれぞれ嵌める。するとガシャンと広がって手甲を覆い、俺の手に被さるように一回り大きい金属の手を具現化した。
「ああん、なんだそりゃ? 魔導具か? 魔獣化してるクセにそんなモンに頼るなんざ、軟弱な野郎だ」
「そんな風に自分の劣等感を誤魔化すんじゃねーよ、まぁその不細工な手じゃ魔導具も扱えないもんな。ああ、オツムも弱いから扱い方も知らねーか」
「んだとぉ……今すぐぶっ殺してやンよ!」
「上等だ、やってみやがれ!」
ドタドタと走ってくる竜モドキに向けて、俺も駆け出す。
互いに至近距離で足を止め、二人とも拳を振り上げた。
動作の遅い竜モドキに合わすように一泊おいて拳を突き出す。
互いの拳と拳がぶつかり合うと、大きな衝撃音が響く。
二人とも拳を弾きあい、互いの拳が跳ね上がる。
吹き飛ばされない様に踏ん張っていたのだが、ズズズッと身体が後ろにズラされた。
俺は一息で距離を詰め、今度は動きの遅い竜モドキを待たず、左の拳を突き出す。
「ハァッ!」
竜モドキの胸を打った拳は、奴を数歩下がらせるだけだった。
なんて、重い奴だ。アヴェイラブル・ギアで俺のパンチ力は数段上がっている筈なんだが……
「黒銀野郎、よくもこのオレを下がらせやがった……だがなぁ、魔導具に頼る奴なんざ、所詮、その程度のモンよ」
竜モドキは俺に向けて右腕を突き出した。
何かの魔術を使って来るつもりだな……俺は腰を落として身構える。
するとゴトンと何かが落ちる音がした。そちらを見やると俺達の開けた壁の穴から、こちらを覗き込んでいる、恐らく制服であろう、同じ黒い服で黒い帽子を被った二人の男がいた。
「い、いたぞ!」「し、知らせを!」
二人の男が口に何かを
警笛か? もしかすると、仲間や騎士団が近くにいるのかもしれない。
「チッ、警邏隊の奴らか、メンドくせえな……」
竜モドキが突き出していた手を、穴を覗いている男達に向けた。
俺はこちらに背中を向けている竜モドキの腕を殴りつける。すると、男達に向けていた腕がズレ、邸の方に土砂が飛び出した。
玄関の側にある柱を壊し、その上の屋根の部分がガラガラと落ちてきて、玄関を塞いでしまう。
「何しやがる! アイツらに見つかればオメェもヤバいだろうが!」
「バーカ、戦っている最中によそ見する奴がいるかよ」
「チッ、余程、死にたいらしい……ムッ?」
俺と竜モドキに向けて、壁の穴から男達が黒い魔力弾を撃ってきた。俺は金属の手で魔力弾を打ち払ったが、竜モドキはそのまま受け止め、微動だにしなかった。
「オイ、こっちだ!」
男の一人が、誰かに向けて手を振っている。応援を呼んでいるみたいだ。
「あ~もうメンドイな……黒銀の、オメェは奴らにでも殺されていろ。じゃあな」
そういうと、竜モドキはしゃがみ込んだ後、大きく飛び上がる。そして、コウモリのような羽を広げ、この場を飛び去った。
あんなに重そうな身体をしているのに空を飛べるのは、何らか魔術を使っているのだろうか?
穴の開いた壁の方を見ると、黒い服を着た奴等が数人増えていた。竜モドキは警邏隊とか言っていたな。
俺は発煙手榴弾を具現化して、彼等の側に投げつけた。ブシューと白い煙幕が発生すると辺りの視界が悪くなり、彼等がワーギャーと騒いでいるのが聞こえてくる。
金属の左手の人差し指を、彼等がいる反対側の壁の上に向け、そこへ魔力を流す。ガシュッとワイヤーを引きながら爪が飛び出し、石の壁に突き刺さった。
今度は手の甲側に魔力を流すと、ワイヤーを巻き戻す力が働き、俺の身体を引き上げる。そのまま、壁の上に飛び乗り、隣の家の屋根に爪を打ち出して、ワイヤーを使って飛び移り、お化け屋敷を後にした。
この辺りの家は庭が広いので、ジャンプだけでは屋根から屋根に飛び移れない。なので塀の上を走りながら、度々ワイヤーを使って屋根へ移動していると小さな空地を見つけた。
石材や木材が多く積み上がっているところを見ると、資材置き場なのだろうか?
そこに降りて、俺は木材の陰で変身を解除した。そして、スマホにマップを表示させ、大叔父の家へ向かう。
どういう訳か、道行く人達からは、すれ違うだけなのに妙に距離を取られ、避けられている。あ、そうか、貴族風の衣装を着ているから誰も関わりたくないのだな。
貴族風の衣装を着るだけで、こんな効果があるのか。でも、犯罪者からすればカモに見えるんだろうなぁ……
そんな事を考えて歩いていると、大叔父の家が見えてくる。門の前にいる魔獣討伐隊の連中に見つかると、彼等は俺に走り寄ってきた。
「レオンハルト様! ご無事でしたか!」
ツェーザルが俺の前で立ち止まり、心配そうに声を掛けてくる。
「うん、大丈夫、上手いこと逃げて来たからさ。ニクラスと女の子は戻ってきた?」
「ええ、フロレンティア様が心配しています、さ、戻りましょう」
大叔父の家に戻ると、母は居間で紅茶を飲みながらゆったりしていた。心配していたようには見えないが……? 大叔父とニクラスの姿はなかった。
「思っていたより早く戻って来たわね、レオ」
「た、ただいま、母さん」
「貴方たちは席を外しなさい」
母が命じると、お手伝いさんと討伐隊の連中は居間を出て行った。母に手招きされ、俺は母の隣に座る。
「それでレオ、私に話すことは?」
「あ、ええと、魔獣化している奴がいて、ニクラスたちを逃した後、俺は暫く様子を……」
「で、魔獣化した何者かは倒せたのかしら?」
「へ? いや、俺は様子を見ていただけで……」
なんとか誤魔化そうとする俺に、母は俺の頭に手を置いて微笑んだ。
「マグダレーネ様から聞いているわ。貴方がマグダレーネ様と同様に、何か特異な
「ええ? マグちゃんは母さんにも秘密にしろって……秘密は少数で守るから秘密なんだって」
「だから、お父様もディートも貴方に特異な
「ええと、“変身”って
言いかけた俺の唇を、人差し指で母は抑えた。
「
「うん、ええっと……」
俺は母にあらましを伝える。どんな風にして戦ったのかを伝えようとしたところ、母はその辺りの細かい話はいい、といって訊いてこなかった。代わりに竜モドキとの会話を何度か訊き返してきた。
「……つまりその竜型の“魔人”を逃がしたという訳よね」
「魔人?」
「ええ、一々、竜のように魔獣化した人物、では面倒でしょう? そうね、最初に出会った魔獣化した人物は、その竜型の魔人が倒したとして……いえ、貴方は黒銀の魔人として、竜型の魔人とともに警邏隊に見られているのよね……」
魔獣化した人物を略して“魔人”か……母は何か考え込み始めた。
「何らかの組織だとは思っていたけれど、“ギフテッド”がその組織の名称なのか、組織内での何かを示す名称なのか……竜型の魔人がレオと同じくらいの背丈だということは、貴方と同じ子供なのかしらね? 取り敢えず、まずは叔父様を誤魔化さなければいけないわね」
ざっくりとした母との打ち合わせが始まる。母の話では明日にでも、騎士団による事情聴取があるだろうと言っていた。
母ともう少し詳細を詰めようとしたところで、何処からともなくいい匂いが漂ってくる。それとほぼ同時に、大叔父とニクラスが戻ってきた。
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