理力


「全ての生きとし生ける物には、魔力を扱うすべが宿っている。これを“理力”と言う」

「理力、ですか? そんな言葉、初めて聞いたんだけど?」

「そりゃそうさ、アタシがつけた言葉なんだから」

「えぇ?」

「魔力を扱う為の理由や理屈って意味もあるが、理想や理念といった面もある。全てひっくるめて“理力”とアタシが勝手に呼んでいるだけさ。誰もがこんなことを念頭に置いて魔術を使っちゃあいないがね。フュルヒデゴットやフロレンティアでさえもね」

「全ての……って馬や鳥や昆虫にも?」

「ああ、そうだ」

「なんだか、一気に胡散臭い話になって来たわ。馬が魔術を使う訳ないじゃない」

「ククク、予想通りの反応をありがとうよ、エリザベート。アタシは“魔力を扱うすべ”と言っている。全ての生き物が魔術を使うだなんて言ってないだろ?」

「フン、屁理屈を……魔力を扱うすべだから魔術でしょう?」


 姉が反論すると、マグダレーネは俺を指差す。


「ここに丁度良い例が居るじゃないか。レオンハルト、アンタは確か、身体強化も使っていないのに、大人顔負けの膂力や、跳躍力を有しているそうだね。それは何故だい?」

「それは、腕や脚に魔力を込めると出来るから? なんでそうなるのかは分かんないけど?」

「そう、本来、魔力は己の身体能力を高めるためのものだ。残念ながら、馬も鳥も昆虫も上手く扱えていないがね。何故なら人と違って言葉を持たないからさ。明確に相手へ伝える手段を持つ、人が特殊だとも言えるのかね。しかしながら、生き物の中にも、レオンハルトの様に魔力の扱い方を知る奴がいる。ほら、時々、やけに速く走ったり、何時までも走り続けるような馬がいるだろう? そういう馬を名馬だとか言っているが、そいつらは魔力の扱い方を本能的に知っているのさ」

「じゃあ、レオ以外の私達は……」

「そうさ、エリザベート、アンタも含めてアタシらは凡庸なのさ。あの魔力水晶とかいう玉っころに触れて、漸く魔力の存在に気付く。過去の英知によりアタシらは魔力を感じ取り、先達に教わって魔術が使えるようになるのさ」

「そんな、じゃあ私は一生かかってもレオに追いつけないの?」

「そんなことはないさ。アンタの魔力量は大したモンだよ。ただし、正しく修練を積めば、の話だがね」


 う~ん、俺の場合、あのクリスタルのおかげでスマホを自由に具現化できるようになったから、魔力を感じるようになったんだよなぁ……


 マグダレーネのいう、本来の才覚者とは意味が違うような気がする。それとも才覚者と呼ばれる存在は、俺のように何かしら魔力を感じる要因があった者なのだろうか?


「で、魔力を扱うすべ、理力なんだがこいつはそう簡単に増やせるものじゃない。いや、修練を積んだからと言って増える訳じゃない、ってのが正しいか」

「えぇ!? これまでの話は何だったのよ! 魔術に関わる重要な話だと思ったのに!」

「ククク……いいねぇ、エリザベート。アンタはアタシの若い頃にそっくりだよ。力を求めるあまり、結論を急ぎ過ぎる。そして、遠回りに見えた道が結局は近道だった、なんて気付いた頃には、色んなものを抱え込んでいて、身動きが取れなくなっていた。なんていう後悔をさせない為に、アタシがこうして御高説を垂れいてるって訳さ。ま、その力への欲求とか渇望は、方向さえ間違えなければ、確実にアンタの血肉になるだろうよ。その辺りはフロレンティアに任せるがね」


 そう言うとマグダレーネはテーブルにある盤上の駒を取り除き始めた。


「いいかい……」


 そうして駒を一つ取ると何やら説明しだすのだが……


「ちょっと! 見えないわ! レオ! 私をそこまで運びなさい!」


 ベッドの上で身動きの取れない姉が喚きだす。しょうのない人だなぁ。俺は、姉のベッドへ行くと抱き上げようとする。


「ぐ、重い……」

「ちょっと! 私が重いわけないでしょ! 天使の羽の様だって言うのが男の礼儀ってものでしょうが!」


 煩い人だなぁ。姉が力を入れずにダラーンとしているから、重く感じた事を素直に呟いただけなのに。腕に魔力を込めて姉を持ち上げ、ソファまで連れて行く。

 マグダレーネは俺達のやり取りを見て、肩を竦めながら口角を上げていた。


「やれやれ、仲が良いんだか、悪いんだか……アタシは算術があまり得意じゃないから、こんな説明の仕方しかできないが……」


 マグダレーネは、盤上のマス一列に六個の駒を並べる。


「例えば、この六マスにはある程度の距離があるとしよう。魔力を使わず、単純に走るだけで、端から端まで行くのに、駒、六個分の時間が掛かるとする」


 そして、新たに隣の列に一マスずつ開けて駒を三個並べる。


「こっちは身体強化を使えば、駒、三個分の時間だ。エリザベート、駒六個分と駒三個分、どっちが疲れる?」

「えーと、頭では駒六個分の方が疲れる筈……だと思うのだけど、感覚が身体強化を使った方が疲れるって気がするわね」

「ふむ、レオンハルトは?」

「うーん、身体強化はまだ教わってないけど、魔力を込めて走るとするなら、こっちの体力だけを使った方かなぁ? でも、どっちも変わらないって気もする」

「で、正解はどっちなのよ? マグちゃん」

「ハハハ、いや、正解、不正解の話じゃないんだよ、エリザベート。現状の確認というか、アンタとレオンハルトの感覚の違いを認識して欲しかったのさ。実はこの、体力のみを使った場合と、身体強化を使った場合とでは、理力は同じだけ消費されるべきなんだ」

「ハァ? 理力って魔力を扱う為の力じゃ?」

「厳密には違う。体力を使う時にも魔力を使う時にも必要な力が理力なのさ。こっちの体力のみの場合は、体力と理力を六ずつで、十二。身体強化の場合、体力は三に魔力は三、そして、理力が三……に見えるが、体力と魔力それぞれに使うので六、なので、合わせて十二で同じとなる。と、まぁこれは、仮定の話で実戦になると色々違って来るんだが、分かり易くするためにこれで話を進めるよ?」

「分かったわ」


 いつになく姉が真剣な面持ちで、マグダレーネの話を聞いている。


「体力にも魔力にも必要な理力だが、実は面白い特性がある。それは経験によって必要な量が下がると言ったものだ。例えばこっちの体力だけを使ったマス。この距離を毎日走っていると、最初は辛いが徐々に楽になって来て、やがて余裕でこなせるようになる。駒六個分の時間を掛けていたものが、五つになり四つになっていく。この場合、理力も六個分から五つ、四つと減っていくので楽に感じられるんだ。勿論、体力が大幅に増えて余裕を感じるのもあるんだが、この六マス分を走るのなら、どれだけ訓練しようが、体力を駒六個分、使わなければならないのは変わらない。ところが、理力は慣れていくと、必要量が減っていくのさ」

「では、うぐぐ、こちらの身体強化の方も、合計で十二必要だったものが、十や八になる訳? ただし、体力と魔力で六以下にはならないと……」

「そうさ、中々呑み込みが速いね、エリザベート。ここまではレオンハルトも理解できるかい?」


 その言葉に俺は頷く。要は慣れない行動に身体が慣れていくという事だろう。


「で、大昔に知恵のある者、或いは大いなる怠け者がこう考えた」


 そう言ってマグダレーネは、身体強化の例を示した隣の列の端と端に、残り少なくなった駒を一つずつ置いた。


「ここから魔力を飛ばして、ここに辿り着かせれば、この間に必要な体力や魔力が必要なくなるのではないか、と。これが所謂、アタシらが魔術と呼んでいる概念だね」

「成る程……でも、魔力を飛ばすのなら駒一つだけでいいんじゃないかしら?」

「まぁ、理屈だけならそうなるが、実際は違う。ここから魔力を飛ばした反動に耐える為、体力、或いは身体強化で凌ぐ必要があるし、ここまで飛ばすのに必要な魔力も六つ分が必要になる。結局は体力や魔力、理力を合わせると十二必要になるのさ」

「なんだ、大昔の知恵者だか怠け者も大したことないわね」

「ククク、その大昔の者に劣っているのがエリザベート、アンタだよ。昨日のランヴィータ湖での魔術は見事だったが、反動に耐えられず吹き飛んでいたし、その上で気絶までしていた。アタシはアンタたちがランヴィータ湖にやってくるまで、領都の子供たちの様子を見ていたが、中々大したものだったよ。皆、基本に忠実な魔術を実践していたからね。まだまだ、洗練されてはいないが、やがてはこの領を守る、警備隊や討伐隊になるのだろう。そう思うと安心できたんだが、アンタが将来領主になるのかと思うと、アタシは不安しか感じないね」

「うっ……」


 マグダレーネが姉を批判すると、姉は顔を真っ赤にして俯く。俺は、この姉を正面切って説き伏せるとは流石、年の功だな、と口にはせず感心していた。恐らくだが、前世を含めて姉をここまでやり込めたのは、マグダレーネが初めてなんじゃないだろうか?


「とはいえ、エリザベートの憂いも分かる。アタシも女だからね、美を求める乙女心は分かるつもりさ。フュルヒデゴットの様な、“筋肉ダルマ”……プ、ククク……ゴホン、になりたくないのは当然さ。そこでちょいとした魔術の本質とでもいうものを教えてやろうじゃないか」

「え!? それは何!? アテテ……」


 ガバッと上体を起こした姉は、即座にマグダレーネの話に食らいつく。身体の自由が利かないのに現金なものだ。


「よく、御伽噺で若い英雄は、武器を用いて魔獣や悪い奴を打ち倒して、民を救ったり、お姫様を助けたりするだろう? そして、老獪な魔法使いや魔女は、強大な魔術を用いて敵を倒す。この表現はあながち間違っている訳じゃなくてね。若い英雄が体力に任せた……ま、身体強化か、そいつを主体にした“戦士型”だとすると、老獪な魔法使いは魔術を主体にした“魔術師型”になる訳だね。エリザベートはこの“魔術師型”を目指すべきなのさ」

「ええ、それは分かっているわ。だから属性魔術の……」

「まぁまぁ、話は最後までよく聞きな。この“魔術師型”も最低限の身体強化は出来るんだよ。でないと、エリザベートの様に己の魔術によって吹き飛んでしまうからね。この“魔術師型”はその理力の殆どを、己の身体強化の維持にだけ費やしているんだよ。魔力を扱うための理力、これを訓練や修練によって半分に、更には四分の一、十分の一、或いはもっといった百分の一、千分の一にまで持っていくんだ。体力に伴う理力はある程度は減らせるとはいえ、こうはいかないがね。この盤上に示した様に、体力を使う時は六、身体強化だと三、そして魔術を使う時は、二や一にする、といった理力の使い方になるのが、“魔術師型”の理想だね」

「へぇ、面白いね。成る程、最初に理力は魔力を扱うすべって言ってたのは、そういう意味だったんだね」

「そうだ。理力は魔力を扱う場合に限って、何処までも消耗を抑えることが出来るのさ。御伽噺に出てくるジジイやババアが強いのはこういう理屈からだね。エリザベートの場合、体力のみ、身体強化のみ、魔術のみと、どの場合でも理力はこの駒の十倍や二十倍、或いはもっとか……そのくらい理力を使っちまっている訳だ。そのせいで気絶なんていうみっともないことになっているのさ。フュルヒデゴットが、魔術を使う為には身体を鍛えろ、と言っているのは、何も間違っちゃあいないんだよ。基本中の基本を語っているんだからね。いいかい、どんなに家や城が立派でもその土台がぐらついていたんじゃあ、直に崩れ去るってモンさ。土台となる基礎や基本がしっかりとしてから、やっと応用とか奥義なんてものに進んでいくのだからね」

「ハァ……通りでお母様が、属性魔術について中々教えてくれない訳だわ。私ってば焦ってばかりで基礎が疎かになっていたのね……」


 いつも何か自信に溢れている姉が、珍しく落ち込んでいた。この姉でも反省する事はあるのだなぁと、感心する。

 ふと、この珍しい光景をスマホで写真に収めようかと思ったが、マグダレーネがいるのでやめておこう。まぁそんな事をすると、姉がけたたましく怒りをあらわすのは容易に想像できた。


「フッ、反省するのは大事だが、そう落胆することも無いよ。まだ魔術を習い始めて半年も経っていないんだろう? それであれだけの魔術が使えたのなら、大したモンさ。エリザベートならきっと魔術の神髄に……おや、意外に早かったね。この雨を利用する気か」


 マグダレーネは突然立ち上がると俺達に告げる。


「いいかい、エリザベート、レオンハルト。万全の状態を敷いてはいるが、万が一ってこともある。その時は、身体の自由が利かないエリザベートをレオンハルトが守ってやるんだよ? 出来るだけ時間を稼げばアタシたちがなんとかしてあげるからね」

「な、何? 突然どうしたのよ、マグちゃん」


 姉が問い掛けると、マグダレーネは部屋の扉を開けながら答えた。


「襲撃さ」



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