王宮の意図
その日は姉を除き、マグダレーネを加えての夕食となった。姉はまだ目を覚まさない。
「――という訳でな、その元司祭だった人物は取り押さえられんで、現在、捜索中じゃ。ばあさんの協力があったのに、申し訳ない」
「アタシをババァと呼ぶんじゃないよ」
マグダレーネが、黒い魔力球を祖父に向けて撃ち出す。祖父はそれを、バシッと掌で受け止めると、握りつぶしてしまった。
「ハッハッハッ、幾ら容姿が若くとも、貴方が儂の祖母であることには変わりありませんぞ」
「チッ、これだから脳まで筋肉の奴は……繊細さの欠片もありゃしない」
俺はこの世界でも脳筋って言葉があるんだなと、変な感心をしていた。
五人組の男達は、貴族に武器を向けたとして捕らえられた。姉は洗礼を終えているので、貴族という扱いになるのだそうだ。
取り調べの結果、王都で姉にやり込められた司祭だった男が連れてきたのは、護衛という体のゴロツキだったらしい。父が領都の神殿に出向き、詳細を問い質すと、代表者は簡単に口を割った。
どうやら王都の神殿では、姉の洗礼式で担当だった司祭を従僕の身分に落としたのだそうだ。
神殿の身分制度はさっぱり分からないが、会社で部長を務めていたのに、不祥事でアルバイトにされたくらいのイメージで俺は見ている。
そこには後、十数人ほどのゴロツキがいたそうだが、司祭だった男と共に行方をくらませていた。祖父達の話では、姉を恨んだ男がゴロツキを雇ったのだろうという見解だった。
マグダレーネが推測になるが……と語ってくれた内容と、祖父達の話は少しややこしいので、俺の理解が追い付いていないところがあるがこんな感じだ。
洗礼式で使う、魔力を測るための魔導具は本来、王宮から貸与されたものなのだ。
元々、貴族は王宮で洗礼式――今とは違う呼び方の儀式、認証式というらしい――を行っていたのだが、いつの頃からか神殿で貴族の洗礼式が行われるようになった。
これは大昔の王が、貴族のため込んだ財を神殿に寄付させる事で、平民に還元させ経済を回すとした政策らしい。しかし、金の集まるところに権力は生まれ、いつしか神殿側が政治に口出しするようになっていた。
これを苦々しく思っていた王宮側は、今回の姉が壊した魔力検査機についての管理責任を問い詰めたのではないか、という事だった。
属性を調べる魔導具は結構簡単に造れるが、魔力を測る方はかなり難しいらしい。つまり希少なものを三つも壊した責任として、王宮や貴族から寄付という名の資金援助を打ち切るとしたか、貴族の洗礼式を王宮に戻すとしたのではないか。
平民からの寄付も当然あるが、王宮や貴族からの寄付の方がはるかに大きい。或いは権利や権力と言った政治に関われなくなるのを嫌がったのか。
焦った神殿側は、姉、及びグローサー家に責任があるとしたのだが、認められなかった。一つ壊れたのは仕方ないとしても、二つ、三つと壊されて、何処に管理能力があるのか、というのが王宮側の言い分になりそうだと見ていた。
そこで、王都から派遣された神殿の者は未だ領都に残り、領主である祖父に王宮側と交渉する為の口添えをするようにと協議を持ちかけて来るのだが、祖父はこれを無視しているそうだ。
「恐らく、王太子がエリザベートに婚約の話を持ってきたのは、神殿側の勢力を排除しようとする王宮側の意志も絡んでいるんだろうね。ま、あの魔力量もあるだろうが……」
「そうか、そういう意図があったのか。確かに、神殿を堂々と批判したエリーを王家に迎えて支持する姿勢を見せ、王宮は神殿を排除するつもりだったのかもしれませんね。どんなに箝口令を敷いても、従僕や侍女の噂話は止められませんから。王都ではそれなりの話題になっている可能性もあります。エリーは政治利用されるところだったのか……」
父がマグダレーネの話を聞き、腕を組んで感心している。
「ガハハハッ! 流石は年の功!……おっと」
「チッ」
祖父が高笑いを上げると、マグダレーネがすかさず魔力球を撃ち出し、それを祖父が握りつぶす。懲りない人だ。
「ねぇ、マグちゃんは今までどうしていたの? 俺が生まれた頃にはもう居なかったよね?」
「プッ、ククク、ま、マグちゃん……」
「ったく、これ以上は魔力の無駄だ。確か、フロレンティアが初めて身籠った頃に旅に出たから……エリザベートが今年洗礼式だとすると、七、八年前かね」
「いえ、十年前です。第一子は魔力症で……」
「そうか……」
その場に少しの間、沈黙が下りる。マグダレーネは握った右手を胸の前に置き、眼を閉じて黙祷を行った。
「ばあさんはそれまでにも、フラッと何処かへ旅立っては、一年程で帰って来ていたのじゃが、今回は十年じゃろ? 流石に儂も、何処かで野垂れ死にしているものかと思ってな。エリーかレオンの洗礼式を終えたら、葬儀でも行ってやるかと考えていたのじゃが……」
「フン、縁起でもない。アタシがそう簡単にくたばるモンかい」
「だったら、便りの一つでも寄越してくださらんか。こう見えて、一応は心配していたのですぞ?」
「ハッ、アンタに心配される程、耄碌しちゃいないさ。手紙を出さなかったのは悪かったと思っている。ま、アタシにも都合ってモンがあるのさ」
「へぇ、旅するのって楽しい? 旅費? っていうのかな、お金はどうしていたの?」
「ほう? レオンハルトくらいの子は夢見がちだが、現実が見えているじゃないか。流石は貴族の子と言ったところかね?」
「この子は少し変わっていますので……」
あれ? 母に変わった子だと思われている? そもそも普通の子とはどういうものだろう? 姉が変わっていると言うのなら話は分かるのだが……
「いやいや、案外大物になるかもしれないよ? 旅の軍資金だね。こいつは簡単に集まる。アタシみたいな美女が一人旅していると、そりゃもうわんさか寄って来るのさ、野盗や山賊共が。こいつらをシバキ挙げて金銭を巻き上げるのさ。ホントはこいつらをとっ捕まえて、警備隊にでも引き渡せば報奨金が出るんだが、手続きが面倒でね。何よりあいつら臭くて汚いんだよ。何日も風呂に入っていないから。とてもじゃないが、少しでも一緒に居たい連中じゃないね」
なに、これが異世界版のハニートラップになるのか? いや、ハニートラップとはまた意味が違うか。魔獣が跋扈する世界で、女性が一人旅をしているのに、その異常性を感じ取れない悪党達もバカだな。
「あんな奴らは大して金を持ってないがね。元々、金が無いから人を襲っている訳で。ま、所詮は落ちこぼれのクズ共だからどうでもいいんだけどね。一番儲かるのは魔獣さ。街まで近けりゃ丸ごと持っていくが、遠くても魔石だけなら軽いからね。それを換金するのが手っ取り早いね」
「へぇ」
俺が今まで倒してきた魔獣も、それなりの金額になったのだろうか? 今のところお金が必要な場面なんてないから、全く惜しいとは思わないけど。
「あとは旅の楽しさか……これはちょっと説明が難しいね。苦しさなら簡単に説明できるんだがね。夏は暑くて、冬は寒い。突然降り出す雨や、ぬかるんだ道に足を取られやけに疲れる。腹が減ったまま野宿しなけりゃならない時もある。それだけの苦労を重ねてやっと得られたものに納得ができるのかどうかは、その人による、としか言いようが無いからね」
旅か……話だけでも大変そうだが、少し心惹かれるものがあるな……
「成る程、じゃあいつ戻って来てたの? 母さんたちは既に知ってたみたいだったけど」
「三日ほど前だったかね、子爵庁舎に顔を出したのは。そこでエリザベートが狙われているからって、足止めされてね。で、皆がどういう対策を取ろうか、と頭を悩ませているところに、アンタら子供たちは暢気にもランヴィータ湖へ行こうだなんて言い出したんだろ? フロレンティアがそれを利用するって作戦を立てたのさ。今朝それを聞いたアタシは、先回りしてランヴィータ湖で待ってたのさ」
「ごめんね、レオ。貴方たちを利用するような真似をして。私の想定では、魔術の発動に失敗して、身体を動かせなくなったエリーを狙うか、レオを人質にとるか……そういう行動に出ると見ていたのだけどね。まさか、エリーの魔術が発動するなんてね……」
「え? 姉さんの魔術が失敗すると思っていたの?」
「ほれ、昨夜、儂が、その内分かる、と言ったじゃろ? エリーの様に魔術を覚えたての子は、万能感とでも言うのかのう、そういうものに支配されやすくてな。御伽噺に出てくるような、強大な魔術を使おうと試みるものじゃ。大抵は身体がついていかず、発動しないで失敗するのじゃが。代償に体力を根こそぎ持って行かれてな。指導者側も敢えて失敗させることで、改めて魔術とは何かを教えるのじゃが……」
「フッ、どれだけ強力な魔術を行使できたからと言っても、気絶していたんじゃあ、失敗は失敗さ。その点をよくよく聞かせてあげるんだね、フロレンティア」
「ええ、あの
「ハハハ、そうやって悩みながらも成長していけばいいのさ。子供一人一人の性格が違うように、魔術指導にも正解なんて無いのだからね」
「そうですね、取り敢えずは、暫く身体強化を重点的に……あら、レオ、もうお風呂に入って寝なさい。結構遅いわよ?」
母にそう言われて、食堂の隅にある飾り棚の水時計を見る。そろそろ子供の俺は寝る時間だった。
これは砂時計の様に上から少しずつ水か落ちてきて、時間を測るというものだ。日本にある様な正確な時計ではなく、大体の時間が分かるようになっている。
俺は、おやすみなさい、と軽く挨拶して食堂を去った。
翌日は、朝から雨だった。何と無く昨日の姉の魔術が呼び水となって、雨を呼び込んだかのような気がするが、勿論、何の根拠も無い。
ザァザァという雨の音を聞きながら、俺は盤上の駒を睨んでいた。
「うーん、こっち!」
「チッ」
マグダレーネが悔しそうに舌打ちをする。取った駒をひっくり返すと、ボスである星のマークがついていた。
「よし! これで十勝十敗の引き分けに持ち込めたぜ!」
「フン、こいつにも飽きてきたところだ。違うのにしようじゃないか」
俺とマグダレーネは、“オーグン”というボードゲームで遊んでいた。
これは、将棋やチェスの様に駒を使って遊ぶ対戦型のゲームなのだが、ルールは至ってシンプルだ。
六×六のマスの盤上にお互い八個の駒を用いる。八個の駒の中には一個ずつ、ボスの駒とドクロの駒があり、それぞれ背中に星とドクロのマークがある。これを相手に見せない様に、四×二で配置する。将棋やチェスと違って、全ての駒は前後左右に一マスしか動けない。駒を一つ動かしては互いに交代していく。
勝利条件は三つ。相手のボスを取る。相手に自分のドクロを取らせる。相手側の陣地になる、初期配置の八マスのどれかに自分のボスを一ターン待機させる。
敵陣に待機させる勝利は滅多にない。大抵はボスかドクロを取って勝敗が決するが、この敵陣で待機するというのがゲームを奥深くさせている気がする。また、初期配置で好きなところに、ボスやドクロを置けるので、将棋やチェスの様な定石というものがない。
「ウギギギ……二人ともなんで、私の部屋で遊んでいるのよ! イタタ……」
「なんだい、エリザベート? 混ざりたいのならベッドから起き上がってきな」
「くぅ……あちこち身体中が痛くて、どうにもならないわ、イタタ……」
今朝、目覚めた姉は全身筋肉痛の様な痛みに襲われていた。俺はマグダレーネに誘われ、朝食後、姉の部屋に訪れると、そのまま居座っている。祖父と父、母は仕事のため領都に向かったのでいない。
洗礼式を終えた姉も、普段は午前中、領都で魔術訓練をしているのだが、昨日の今日でこの状態。なのでゆっくり休むよう言われていた。
因みに、この魔術を使った代償で、体力を使い果たした場合、自然治癒させるのが成長につながるそうだ。それと、魔力を充ててもたいして回復しないらしい。
「フン、エリザベート、アンタ、幼い頃からの基礎鍛錬を怠っていたね?
「……だって……お爺様の様な、筋肉ムキムキの、筋肉ダルマになりたくないじゃないの……」
「プ、ククク、アハハハハ……き、筋肉ダルマか、いいね! クククク」
何が面白いのか、マグダレーネのツボに入ったらしい。暫くその状態が続き、漸く落ち着くと、俺の顔を見る。
「ふう、レオンハルト、才覚者であるアンタは気付いているんじゃないのかい? 魔術を使うのに必要なのは、純粋な
「へ? 魔力を扱う為の力が別に要るのは知っているけど、それって体力じゃないの? 爺ちゃんも魔術を使う為には身体を鍛えろって言っていたし」
「マグダレーネおば様、才覚者って何? レオが才覚者とはどういう……アタッ!」
マグダレーネが黒い魔力球を飛ばし、姉は躱す事も受け止める事も出来ず、頭にぶつけられた。
「レオンハルトの様に“マグちゃん”でいいよ。誰がおばさんだい。才覚者ってのはレオンハルトの様な、洗礼前に魔力の扱いを知る者さ。そうか、才覚者でも真実を知るには、それなりの経験が必要って訳か……」
「何かレオに凄い才能があるみたいに言ってますけど、レオは『パルクール』だっけ? 庭でピョンピョン飛び跳ねたり、走り回るのに魔力を使っているだけですから。まだ、本格的に魔術を習っていませんよ?」
「ああ、そう言えばそうだったね。どうにも、この子の安定した魔力を見ていると、魔獣の一匹や二匹、倒しているんじゃないかと勘違いしちまってたよ……そうか、ふうむ……」
その言葉に、少しドキッとする。なんかその内バレちゃいそうだなぁ……
顎に手をやり、何やら考え込み始めるマグダレーネだったが、やがて考えがまとまったのか、俺達に語り始めた。
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