第13話 流れ着いたガラス瓶の中の手紙 3
親愛なるオリヴィアへ
こんな手紙、書いたって意味がない。
この手紙を入れた瓶が、人のいる場所に流れ着く確率はどれくらい?
人の近くに行けたとして、見つけてもらえる確率は?
拾って、中身を確かめてもらえて、拾った人が英語を読めて、いたずらだと思わずにオリヴィアに届けてくれる確率は?
ほとんどゼロよね?
その上でわたしが「今、アトランティスにいます」なんて書いたら、いたずらだと思われる確率がグーンと跳ね上がるわよね?
でも書くわ。
いいの。一通ぐらい、いたずら扱いされて捨てられても。
だって空き瓶は、一本ぐらい無駄にしたって惜しくも何ともないぐらい、いっぱい、いっぱい、いーっぱいあるんですもの。
ねえオリヴィア、わたしはアトランティスのお城で暮らしているの。
いなくなってしまった女王さまの代わりにね。
信じられる?
オリヴィアですらこんな話は信じてくれないかしら?
それでもいいわ。
わたしは書くわ。
わたしが書きたいだけだから。
英語の文字を書きたいのよ。
でないとわたし、自分がイギリス人だってことを忘れてしまいそう。
英語を聞きたい。
故郷の言葉を聞きたいわ。
アトランティス人が無理やりしゃべってるんじゃない、訛ってない間違ってない、ちゃんとしたイギリスの英語よ。
オリヴィア、わたしね、海辺にいたところをクトゥルフに襲われたの。
クトゥルフはルイーザを殺し、サン・ジェルマンおじいちゃまを殺し、わたしのことも食べようとしていた。
けれどそこに真っ白なアホウドリが飛んできて、わたしを背に乗せて逃げてくれたの。
もちろん本物のアホウドリじゃないわ。
人間を乗せて飛べるくらい大きいんだし、クトゥルフの触手から逃げ切れたのも、時空を渡ったからだもの。
そうしてわたしはアトランティスへ連れてこられたの。
円錐の体から触手が生えた“大いなる種族”たちの国。
クトゥルフが目覚めてルルイエの封印が破られて、アトランティスの時間も再び動き出したのよ。
わたしを助けたアホウドリは、アトランティスの技術で作られた機械の鳥で、操縦していたのはアトランティスの女王のアトラさまだった。
女王アトラはわたしが想像していたよりもずっと気さくな人だったわ。
英語が堪能で――
教科書に載っているような、きちんとした英語をお話になるの。
ほかのアトランティス人は訛りがひどくて、アメリカ人より少しマシって程度だけれど、女王アトラだけはまるで本物のイギリス人みたいで――
だからかしら? 人間とかけ離れた姿をしているのに、女王さまは少しも怖くなかったわ。
女王アトラはクトゥルフと戦うために命を投げ出す覚悟をしていた。
封印ではなく今度こそ倒す。
そのための力を、何億年もかけて磨いていたの。
でもクトゥルフもそれに気づいてて、大いなる種族の気配がしただけで激しく暴れるから、アトラはクトゥルフに近づけない。
アトラの力はクトゥルフに近づかないと使えない。
だから――わたし、アトラに頼まれたの。
アトラと入れ替わって、って。
クトゥルフはわたしには警戒していないから。
ただの人間に過ぎない無力なキャロラインには。
だからわたしがクトゥルフに近づいて――
わたしがクトゥルフに食べられたところで、わたしと女王アトラの魂を入れ替えて、クトゥルフの体内からさらに術をかけてクトゥルフの肉体を乗っ取るの。
クトゥルフの魂はわたしの――キャロラインの肉体とともにクトゥルフの胃液で溶かされる。
女王アトラの魂は、クトゥルフの肉体とともに火山の火口に飛び込み、果てる。
キャロラインの魂はアトラの肉体をもって生きる。
人間とかけ離れた姿になって。
人間の街へ帰ることはもうできないけれど、人間なんかよりもはるかに文明の進んだ大都市で、貴族の地位を与えられて豊かな暮らしをさせてもらえる。
悲しいけど、イギリスへ帰りたいけど、誰かがこの役目を負わなければイギリスどころか全人類がクトゥルフに食べ尽くされてしまう。
ほかの方法を考えている時間なんてもうなくて、事情を知っている人間はわたしだけで、事情を知らない誰かにこの役目を押しつけるなんてできなかったの。
オリヴィア、地上は無事なのよね?
わたしと女王アトラの犠牲で、地球はクトゥルフから守られたのよね?
地上では人間の文明が栄えて、だからこそ地上のゴミが海底にいるわたしのところへ流れ着くのよね?
オリヴィア、この話はこれで終わりではないの。
でももう書くのに疲れたわ。
わたしは元気よ。
ただちょっと疲れただけ。
覚えていてね、オリヴィア。
わたしは、元気よ。
キャロラインより
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