第10話 フェブラリータウンからの手紙 4
親愛なるオリヴィアへ
昨夜は大変だったのよ!
って、こんな書き出しじゃ誤解させちゃうかしら?
別に襲撃があったとかじゃあないの。
襲撃とかサラッと書いてるのも、すごいところまできちゃったなあって感じだけど。
昨夜っていうのは、前の手紙を投函した、すぐあとってことね。
一晩経ってからこの手紙を書いているの。
前の手紙、ちゃんと届いているかしら?
アメリカの郵便事情ってわからないし、届くのが遅れたり、途中でなくなったりするかもしれないから念のために書くと、ルイーザは昨日はずっとサン・ジェルマンおじいちゃまの頭蓋骨をバスケットに入れて持ち歩いてて――
もちろんフタをして、中が見えないようにはしていたわよ。
それで片時も離さなくて、夕食の間も、自分のとなりにもう一つ椅子を持ってきてバスケットを置いて、寄り添うようにしていたの。
そこにホテルの人がワインを持ってきたの。
ワインを頼んだの、誰だと思う?
わたしじゃないんだからアデリン叔母さまだって思うでしょ?
ルイーザが気を利かせてっていうのもありえなくはないかもしれないけど。
違うの。
なんと、サン・ジェルマンおじいちゃま!
四十三年前に予約していたっていうのよ!
このホテルの部屋もワインも!
その予約をルイーザが引き継いだっていうのよ!
いったい、いつの間にそんな話をしていたのよ!?
サン・ジェルマンおじいちゃまとパトリシアおばあちゃまは、四十三年前の新婚旅行で、このホテルに泊まるはずだったらしいの。
なのに二人とも現れなくて、部屋とワインの予約だけが生き続けていたんですって。
こんなことってありえるかしら?
そんな古い予約の記録がまだ残っているなんて。
部屋はたまたま空いていたにしても、ワインのラベルがまさにその時代のものなのよ。
まるで止まっていた時間が動き出したみたい――って思ったわ。
わたし、すぐにポーチに入れていた地図を広げて確認したの。
サン・ジェルマンおじいちゃまとパトリシアおばあちゃまは、ニューヨークからの汽車に乗ってこのフェブラリータウンへ向かう途中、インスマウスの人たちに襲われて離れ離れになった。
ここはおじいちゃまとおばあちゃまが泊まるはずだったホテル。
アデリン叔母さまはワインを見て困っていらしたわ。
お酒はやめているのに、って。
だからとりあえずワイングラスは脇に退けて、二人で地図を見たり、ルイーザが持ってきたパンフレットを見たりしてたの。
それがいけなかったの。
ルイーザがね、ずっとバスケットをなでたりバスケットに微笑みかけたりして、よそ見していたから自分のコップと間違えちゃったのね。
アデリン叔母さまのワインを飲んじゃったのよ。
ルイーザってば大声で笑いだして。
「これはもともとパトリシアとサン・ジェルマンのワイン。だからこれでいいんだ」ですって。
やたらじょうぜつになって。
「この旅はサン・ジェルマンとの新婚旅行の続きだ」なんて言い出したのよ。
パンフレットの隅の発行年月日のところを指差して「このパンフレットはサン・ジェルマンがパトリシアに与えたもの」って。
紙がやけに古いなって思ってはいたけど、確かに一八八七年に刷られたって記されているの。
それでね、ルイーザが、おじいちゃまとおばあちゃまの新婚旅行の様子を語りだしたの。
ルイーザはパトリシアおばあちゃまと仲が良かったから、こういう話をいっぱい聞かせてもらってきたんでしょうけど、それにしたってまるで見てきたみたい――ううん、それどころかまるでおばあちゃま本人みたいな語りっぷりだったわ。
あれは新婚旅行の名を借りた巡礼の旅だったとかなんとか。
世界中の秘境を巡り歩いたらしいの。
アジアやアフリカを回ったとか。
北アメリカにはあまり期待していなくて、南米への通り道だったとか。
アメリカ大陸が見えてきたところで急に予定を変えて、ニューヨークの港から電報を打って、マサチューセッツ州のホテルを予約。
それがフェブラリータウンのこのホテルだって言うのよ。
「止まっていた時間が動き出した!」って、ついさっきわたしが思ったのとまったく同じことをルイーザが言ったの。
まさかこんなところの感性が似ているなんて、ああ、やっぱりわたしたちは姉妹なんだ! って、わたし、初めて実感できたわ。
ちょっと感動しちゃった。
結局、ルイーザはそのまんま寝ちゃって、今朝になって詳しく聞こうとしてみたら、「ワタシは忘れたからアナタも忘れなさい」ですって。
ルイーザのコップとワイングラスって、形がまるで違うのよ。
気づかずにワインを飲んじゃうなんて、やっぱりおかしいわよね?
ルイーザってば、雰囲気に飲まれて、パトリシアおばあちゃまになりきってしまったのかしら?
キャロラインより
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