第7話 ルルイエ邸からの手紙 3と4

親愛なるオリヴィアへ


 新聞はどれもデタラメよ。

 おもしろがっておばあちゃまを悪魔の化身みたいに書いたり、真面目そうな顔をして何の証拠もない推理ごっこでパパが犯人だと読者に思わせようとしたり。

 日を追うごとにひどくなってく。

 オリヴィア、あなたはこういうの好きそうだけど、こんなの信じたりしないでね。


キャロラインより





親愛なるオリヴィアへ


 返事をありがとう。

 新聞記事を信じないって言ってもらえてすごく嬉しかった。


 あの日、本当は何があったのか。

 パパには口止めされてるんだけど、あなただけに特別に教えるわ。

 誰にも内緒よ。

 特に新聞記者には絶対に言わないで。



 順を追って書くわね。

 わたしはその日は朝からずっと、パパとケンカをしていたわ。

 わたしは霊能者なんか信じてないから。


 パパに売り込みをしてくる自称霊能者なんてのは、ずいぶん前からいたらしいの。

 何人も、何十人もね。

 ブルーダイヤの話は昔から何度も新聞に出ていて有名だから、こういう人は今までにもいっぱいいたみたい。

 でもね、今度の人はなんと、アデリン叔母さまの紹介だっていうのよ。

 だからパパってば、今度こそ本物だって。

 今度こそって何よ、今度こそって!


 あの日の午後二時。

 霊能者はアデリン叔母さまと連れ立って、時間通りに屋敷にきたわ。

 新聞では氏名不詳ってなってるみたいだけど、わたしたちには「ジューリャ」って名乗ってた。

 ファミリー・ネームは、なし。

 芸名って言い方でいいのかしらね?


 ジューリャがどんな人物だったか説明しようとしたら、顔よりもまず、ニオイについて書かないといけないわ。

 異様に魚臭かったの!

 ここに来る前に何匹も生魚を丸呑みにしたんじゃないかっていうぐらい!

 漁港を歩き回ったというより、家が漁港になったみたい!

 ねえオリヴィア、わたしが大げさに書いているって思うでしょ?

 でも本当なのよ!


 ハロウィンの仮装みたいに真っ黒なフード付きのマントの前をぴっちり閉じて。

 中年の女性だったんだけどね、目深にかぶってたフードをとったら、その顔がまた魚そっくりなの!

 平べったくて目がギョロリとしてて……


 わたしだってヒトの外見をとやかく言うのが品のないことなのはわかってるわよ?

 ましてや亡くなったかたの侮辱なんてしたくないわ。

 でも、言わずにいられないぐらい、とにかく不気味だったのよ!


 パパが昨日の、博物館の館長の馬車事故の話をしようとしたけど、ジューリャは「知ってる」って。

「全部わかってる」って。

 事故のことを知らないのは、アデリン叔母さまだけだった。


 ジューリャが霊的な儀式のためにおばあちゃまと二人きりになる必要があるって言って、おばあちゃまの部屋への案内は執事に任せて、終わるまでわたしたちは応接間で待つことになったの。

 で、その間にアデリン叔母さまに馬車事故の話をしたら真っ青になっちゃって。


 しばらくして、執事が呼びに来たの。

 おばあちゃまの部屋から悲鳴が聞こえたって。

 ドアをノックしても返事がないし、内側から鍵をかけられてしまっている、って。

 こういうとき、執事の立場だと、ドアを勝手に蹴破るとかできないわけなのよね。

 それでみんなでおばあちゃまの部屋のある二階へ向かったの。


 おばあちゃまの部屋で、ジューリャは……

 何をしてたと思う?

 わたしにもわからないわ。

 執事が大急ぎで鍵を取ってきて、パパはドアを蹴破ろうとしてたけどうまくいかなくて、執事が鍵を渡してドアを開けて、だけどすぐには入れなかった。

 中の様子に、足がすくんでしまったの。


 ジューリャは頭から天井に突き刺さってた。

 新聞には天井からぶら下がってたって書かれてたけど、違うの。

 突き刺さってたの。

 頭蓋骨が天井にめり込んでたの。

 完全に。

 警察の人が言うには、首の骨が折れての即死だったって。


 おばあちゃまの姿は、戸口から見えるところにはなかった。

 天蓋てんがいつきのベッドがひっくり返ってて、その向こうにおばあちゃまが居るんだろうなって予想はできたけど、わたしは足がすくんで動けなかった。

 パパもよ。

 アデリン叔母さまも、普段は偉そうにしているくせに、わたしのパパの背中にぴったり張りついて隠れていたわ。

 ジューリャの魚臭さをかき消すぐらいの刺激臭がおばあちゃまの寝室に充満して、何かとんでもなく恐ろしい、ジューリャの死よりも恐ろしいことが、おばあちゃまのベッドの向こうで起きているって伝えてた。


 わたしたちは廊下で立ち尽くした。

 一番勇敢だったのはわたしでもパパでもなくルイーザだった。

 あの子、人見知りみたいで、ほとんど初対面みたいなわたしのことを避けてるというか警戒しているみたいだったの。

 使用人は、とにかくおとなしい子だとか、一人でぼーっとしていることが多いとか言っていたわ。

 だけどルイーザ一人だけが、戸口を塞いでいる大人たちを押しのけて、臆することなくおばあちゃまの部屋に飛び込んでいったの。

 わたしはすぐにルイーザを追いかけた。


 おばあちゃまは、天蓋の陰に倒れていたの。

 死んでるって、一目でわかったわ。

 爪がカーペットを引きちぎって、床板にまで食い込んでいた。

 人間の力とは思えない。

 形相も。凄まじかった。

 ねえオリヴィア、名状しがたいってこういうののことを言うのよ。

 目が飛び出して、まるで最初から人間とは違う生き物だったみたいな顔になってたの。

 ああ、こんな説明じゃきっと全然伝わらないわ。


 吐いたものが床を覆っていて、これが刺激臭の正体。

 いったい何を飲み込まされたのか、紫とも緑ともつかない、言いようのない色をしていた。


 わたしは慌ててルイーザをその場から引き離したわ。

 それからパパが、警察を呼ぶようにって、大声で使用人に指示したの。

 だからパパは犯人じゃないのよ。

 二人が死んだ時、パパは部屋の外に居たの。



 ジューリャの死因は、首の骨が折れたこと。

 おばあちゃまの死因は、毒物らしいけど、はっきりしないの。

 病死の可能性も否定できないとか、そんな感じ。

 警察って、思ってたよりいい加減なのね。


 ジューリャがおばあちゃまに毒を飲ませて、おばあちゃまは抵抗しようとしてジューリャを投げ飛ばした。

 それか、おばあちゃまが何か未知の病気の発作を起こして、たまたまそばに居たジューリャを突き飛ばしてしまった。


 どっちも無理よ。

 だってジューリャの頭は天井にめり込んでいたのよ?

 おばあちゃまにそんな力なんてあるわけないわ。


 でも室内には他に誰も居なかったし、逃げた形跡もなかったの。

 窓には鍵がかかっていたし、クローゼットの中も調べたわ。




 パパは犯人じゃない。

 この件で誰よりもショックを受けているのはパパよ。


キャロラインより

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