第4話 スーザン・ワトキンソン夫人の話

 キャロライン・ルルイエの祖母のパトリシア・ルルイエの幼馴染み。

 上品な老婦人。




「何度も申し上げますが、あたくしと面識があるのはパトリシアの夫のほうのジェルマンさんで、パトリシアが子供のころに現れたというジェルマンさんにつきましては、お顔を見たことすらございませんのよ。

 それでも構わないとおっしゃるのならお話いたしますけれど……」




※記者、パトリシアの幼少期について質問。




「幼馴染みと申しましても、そんなに何もかも知っているわけではないんですのよ。

 父親同士が友人で、父親に連れられて会っていただけ。

 父親同士が疎遠になったのであたくし達も会う機会がなくなって、だからあの子から結婚式の招待状が送られてきたときにはずいぶん驚いたものでしたわ。


 おっと、話の順番が飛んでしまいましたわね。

 あたくし達、物心がついた時にはすでにお友達でしたのよ。

 パトリシアは絵を描くのが好きで、ちょっとぼんやりしたところのある、おとなしくて優しい子でしたわ。


 ある日……あたくし達が二人とも六歳だったときですわ。

 パトリシアが、ひどく泣きながら電話をしてきましたの。

 大切な絵をお母様に破られてしまったとか、お屋敷の誰に話しても、お母様が正しいと言うばかりだとか。


 それがその日の夕方になって、今度は一転して明るい声で電話してきましたの。

 ジェルマンさんにプロポーズされたと。


 後日、お茶会にお呼ばれした際に訊いてみましたら、パトリシアは一度も行ったことのない町の景色の絵を描いていて、それが何故かお母様のかんさわったらしくて、スケッチブックをびりびりに破られてしまったらしいんですの。

 あたくし、それはもうびっくりいたしましたわ。

 パトリシアのお母様は、そんなことをなさるようなかたとはとても思えなかったんですもの。


 それでですね、破られたスケッチブックの切れ端が風で飛んで、たまたま近くを歩いていたジェルマンさんの足もとに落ちたと言うんですの。

 それでジェルマンさんは、絵の主を突き止めて、パトリシアにいきなりプロポーズしたと言うんですのよ!

 パトリシアはわずか六歳だったというのに!


 その絵の切れ端を見せていただきましたが、灰色とか赤茶色とか、パトリシアが普段使わない色のクレヨンばかりが使われていて、パトリシアがいつも描いているような可愛らしい絵とはかけ離れたものでしたの。

 その絵の景色が、ジェルマンさんの故郷の景色にそっくりなのだそうですわ。

 でもパトリシアはそんな場所へは一度も行ったことがないんですのよ?」




※記者、パトリシアの婚約指輪について質問。



「あー、はいはい、例の呪いのブルーダイヤね。

 あなたもそんな話を信じていらっしゃるのね。

 ええ、ええ。拝見いたしましたとも。

 六歳の子供の指に、大粒のブルーダイヤ。

 あたくしも六歳でしたが、子供心に羨ましく思ったものでしたわ。

 あのころはあたくしも無邪気でしたわね。


 ジェルマンさんは指輪を残してすぐに居なくなって、パトリシアは自分が大人になったら迎えに来てくれるんだって言い張っていましたけど、誰も本気になんかしませんでしたわ。

 ブルーダイヤだって、こんなに簡単に置いていくぐらいなんだからニセモノに決まってるって……そんなこと、仮に思ってたって、子供の前で言ってはいけませんわよね?


 それからしばらくして呪いの指輪のウワサが広まって、パトリシアのお父様のお仕事がうまくいったんだか大失敗したんだかであたくしのお父様と疎遠になって……


 ああ、ごめんなさい。思い出しましたわ。

 まず、ブルーダイヤが本物かどうか鑑定に出そうという話になりましたの。

 その際の鑑定士のかたが、呪いの犠牲者第一号なんて言われてますのよね?


 興味がなくてもそういう話をしつこく聞かせてくる人は多くて……

 だってもう二十世紀に入ってから三十年も経っていますのよ?

 電報の時代にはすでに過去の遺物となっていた迷信を、まさか電話越しに聞かされるだなんて!

 あたくしがおばあちゃんだからってバカにしているのですわ!


 ですがお父様は古い人でしたからね……

 あたくしをパトリシアに会わせなくなったのは、ちょうど呪いのウワサが広まっていた時期でしたわ……



 あなたも呪いを信じていらっしゃるのね?

 ごめんなさい。もうお引き取りくださいな。

 神様のお迎えも近いようなこんな年になって呪いだなんて、そんな、冒涜的なものの話なんてしたくありませんの」

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