【007】<2004/12/26 : Silvie side> シルヴィーとキアーヴェ~アレクセイが現れた

「お知り合いですか?」


 自然と、背中合わせという形になった背後の男に声をかける。


「いや……、見ない顔だな。お前さんのお知り合いじゃなかったのか?」

「……少しだけ、心当たりがあります」

「チッ……」


 彼女の言葉に、男は舌打ちする。


「お前さん、何モンだ? まさか本当に生体兵器だとかいう冗談は、この期に及んでほざいちゃくれねェよな」

「ごめんなさい、そのようです」

「ったく、ふざけたことばっか言いやがって……、いやいやお喋りしている暇もあまり無さそうだな」


 これだけの人数、俺一人でどうにかなるわけでもねぇし、今は援軍も期待できないか、と男は呟いている。

 今でなければ、こういう修羅場に助けが来るような立場なのだろうか、と彼女は訝った。


「お前さん、マシンガンとか装備してねぇのか?」

「そういう兵器じゃありません」

「……ならどういう兵器なんだ?」


 それに対する言葉は紡がず、ただ、取り囲む男達が一般人に気付かれないように彼我の距離を縮めてきていることに気を向けた。

 サングラスの奥から溢れ出てくる彼らの意志は、いざとなれば騒動も辞さない、といった類のものであろうか。


「厄介なお知り合いを持ってンだな……」

「ええ、本当、何でこんなところにまで……、嗅ぎ付けてくるんでしょう」

「なあ、ここからピョンと跳んだら逃げられるかな」

「無理じゃないでしょうか」

「お前さん一人なら?」

「壁を蹴ってもよろしければ、そこの建物を跳び越えることくらいは」


 男は彼女が指差した先に視線を遣る。

 平均的な二階建ての家屋。

 しかしこれを道具無しに跳び越えるというのは、どのみち尋常じゃない。

 心の中でどう思われたか、彼女には大体の見当はついていた。


 ──化け物、かな……。


 だからといって傷つくようなこともない。

 自身がそのような存在であることは、よくよく自覚してある。


「ただ、そんなことして逃げちゃ目立ってしょうがないだろ」

「そうですね」


 男が自分の言うことを丸々全て信じているだろうとも思っていないので、軽く頷いた。

 実のところ、別に目立とうが何しようが捕まるよりはマシだから、方法として悪くはない。

 が、最善からは程遠い短絡的な手段であり、そこまで切迫しているわけでもない。

 彼女は落ち着き払って、ふう、と息をついた。


「……どうしたモンかね」

「ところで貴方は、何者ですか?」

「……マフィオーゾ」

「……マフィアの構成員?」

「その言い方が分かりやすかったら、それでいい」


 ──なるほど。


 得心いった。


 ──だから仲間が来るかもしれないと、さっき。


 ──それから、案外この札束も贋札ではないのかも……、え?


 そこで思考停止。

 巻き戻し。

 枝分かれした違う方向に進み直す。


 ──だとしたら、この籠に……、どんな秘密が?


 疑問が浮かび上がり、男を見ようと後ろを振り向く。

 その瞬間。


「シルヴィー=スビシュトフ」


 背後から声をかけられる。

 マフィオーゾと自称した男ではない。

 今彼女は、その男の背中を凝視している。

 たった今、背後に位置することとなった男。

 彼は、彼女の名前を知っていた。

 それは。


 ──やっぱり……。


「ああ、間違いない、シルヴィー、だな。丁度いい、連れ戻しに来た。わざわざシチリアくんだりまで、な」


 向き直ると、男の顔に見覚えはある。


 ──……。


「ロシア語?」


 彼女が男の名前を浮かべようとした時、背後から声がする。

 今、背後に位置するのは、今度はマフィオーゾの男。


「シチリア人か」


 そのマフィオーゾの呟きから、ロシア語を操る男はイタリア語で返した。


「へぇ、なかなか流暢で……」

「だからこそ、わざわざ俺がこんなところに出向くことになったわけだ、あ? マフィオーゾ」

「お見通しというわけか。アンタ、何モンだ」

「知りたいか? 知りたいよな? んん? いいかよく聴け、俺の名は。アレクセイ=セルゲヴィチ=フセスラフ」

「っ!!」


 これでもかというくらいに自信満々に名前を言い放つ巨躯の男に、マフィオーゾは目を見開いた。

 その名は東欧に少しでも関心を抱けば、嫌でも耳にするほどのもの。


「ほぅ、名前に聞き覚えがあるようだな?」

「当たり前だっ!!」


 もはや平静を装うともせず、マフィオーゾは後ずさった。

 彼女にも、靴と地面の擦れる音で、それが分かった。


「…………」


 ──情報量が少ない。


 彼女は、男達の会話を聞いていて、そうとしか思えなかった。


 ──所有格が抜けていた。


 ──私の情報量が少ない。


 思い直し、そう修正すると、質問を投げかける。


「アレクセイ=セルゲヴィチ=フセスラフ。施設の所員か何かじゃなかったんですか?」

「えっ……?」


 その質問に対し真っ先に反応したのが背後にいるマフィオーゾで、彼女は首を傾げた。

 どうやら、マフィオーゾと彼女とのアレクセイに対する人物像が、かなり食い違っているようだ。


「施設の所員……、まあ、違うなぁ」

「なら、貴方は何ですか?」

「貴方は何、と来たか、かっ」


 面白そうにアレクセイは喉を鳴らし、一歩前に進み出た。


「そうだなあ。うん、家出娘を連れ戻しに来た優しいおじさんというところか? ぐぁははっ」


 自分で言って自分で笑う。

 小洒落ているとでも思ったのだろう。

 だが、彼女やマフィオーゾは勿論、部下の中にも笑った人間はいなかった。


「自分で自分を優しいなどと言う人に、信用は措けません」

「ほぅ……? 小生意気な、ん、何処で知った、そんなこと?」


 勇んで一歩前に進み出るアレクセイに向かって、シルヴィーはにこやかに答えた。


「本に書いてありました」

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