【006】<2004/12/26 : Silvie side> シルヴィーとキアーヴェ~購入

 ──自分で自分のことを“少女”と称するには微妙な年齢?


 気絶した男を壁に沿って寝転ばせて。

 男を見下ろしながら、彼女はそんなコトを思っていた。


「そこらへんの基準も、私には、分からない……」


 声に出して呟く。

 先程からずっと立ちっぱなしで疲れていた。

 かといって、堅い地面に座るとお尻が痛くなる。


 ──お尻の肉が薄いとかそういうことじゃないです。


 ──お尻は小振りな方が良いらしいと前に読んだ覚えがありますね。


 ──……何でこんなどうでもいいことを。


 自分に対する言い訳が浮かんできて、彼女は溜息を吐いた。


 さて。

 そんな理由で、ずっと立ちっぱなしであったが、都合良く椅子ができた。

 彼女は、仰向けに倒れている男の背中に座る。

 そう。

 椅子とは、先程声をかけてきた失礼な冷やかし男。


「……マッチ一本いかがですか?」


 男の上に座りながらマッチ売りを再開する彼女に、行き交う人々は奇異の視線を向けるが、立ち止まりはしない。

 ここでもやはり、シチリアとイタリア本島の人々の気質が違うということが実感される。

 フィレンツェでやってみせたら、大道芸と勘違いされる可能性が高かろう。


「……逆効果?」


 10分程して、椅子代わりにしている男を見下ろす。


 ──悪く云えば、邪魔。


 勝手に座っておいて自分でも酷いと思うが、それでも殺すと脅し掛けてきたのだから、罪人扱いしてもいいはずだと、己の良心に言い聞かせる。


「ハァ……」


 彼女は溜息をつきながら立ち上がる。

 100万ユーロで買いたいなんて胡散臭さ至高と思ったが、深く考えることもなく売ってしまえば良かったと、少し後悔していた。


 ──でも、私を挑発したのは、彼……。


 「殺す」

 という単語に酷く敏感に反応してしまったのは、彼女の責任だけれども。


 ──そういうお湯に浸かり続けていたんだから、仕方ないじゃないですか……。


 困ったように頭を掻いて、男を抱き起こす。


「あの……、大丈夫ですか?」


 頭を打って気絶したわけでもないので、揺り動かしても問題はない。

 倒れた時に頭を打ったかどうかは定かではないが。


「……んっ」


 男はすぐに気付いた。

 眼を開けて、彼女の顔を黙視する。

 そして数秒後。


「うぉわぁっ!?」


 驚いた声を出し。

 飛び退き。

 壁に後頭部を勢いよく打ち付け。

 沈黙。


「…………」


 ──唖然。


 唖然としながら、唖然という単語を思い浮かべる。

 唖然という単語しか、脳の表層に浮かび出てこない。

 唖然さんという謎の擬人化された人物が想像されては、変なポーズを取って不気味に嗤っている。


 「やぁ、僕の名は唖然さ、仲良くしようねシルヴィーちゃん」


 ──……。


 唖然さんに反応することもできないくらい、唖然としている。


「……っつつ…」


 男がすぐに目を覚まして、唖然さんは消えた。


「あの……、大丈夫、ですか?」


 ──本当に…大丈夫なのだろうか……、


 ──色々な意味で。


「あ、あぁ……、って、うわっ……」

「あっ」


 思わず声を漏らす。

 また後頭部を壁にぶつけると思いきや、流石に学習能力があるようで、立ち上がってから横方向に飛び退く。


「生体兵器……、とか言ったな」

「言ってませんよ」


 彼女はニコリと微笑んで素早く返す。


「…………」


 あまりに素早い反応だったので、男はピタリと動きを止め、黙考する。


「転んで頭をぶつけて気絶してから、何か寝言で魘されていましたけれど……、大丈夫ですか?」


 極めつけに今まで出したこともなかったような高い声を出し、首を傾げてみせる。

 しかし声には抑揚がない。


「…………」


 ──女性に対する免疫力が低いということでしょうか。


 彼女は、顔を赤くした男を見て瞬時に判断を下した。


「あ、あぁ……、ワリィ、混乱しているようだ、えぇっと……、俺は、その……」

「このマッチの入った籠を、100万ユーロで買ってくれるんですよね?」

「あぁ、そう、そうだった、そうだ」


 うんうん、と何度も首を縦に振りながら、ポケットから札束を取り出す。


「これで、いいだろ?」

「お買い上げ、有り難うございました」


 札束を受け取り。

 どうせ贋物であろうと思いながらもペコリと頭を下げて。


 ──急いでこの場を立ち去り、関わり合いを完全に無くす必要がある。


 ──こんな悪ふざけに付き合ってくれるくらいには善人さんだから、巻き込むわけには、いかない。


 そう思い、彼女は即座に男から背を向けた。


「…………」

「…………」


 シルヴィーとキアーヴェは、声を出すことも無く。

 自分達を取り囲んでいる男達が何者か、それぞれの思考を巡らせていた。

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