【003】<2004/12/26 : Silvie side> シルヴィーとキアーヴェ~出逢い
「マッチの籠、売ってくれない?」
無反応だったシルヴィーに、男は言葉を付け加える。
「幾らで買いますか?」
今度は適切に、状況を処理してから言葉を紡ぐ。
「そうだな……、無料」
「冷やかしはお断りです」
男が言い終わるとほぼ同時に彼女は切り返した。
男──まだ幼さの残る、少年といってもいいような、青年──は少し口を開けて、何度か首を曲げた。
「賢い女の子だ」
「私、もう、17ですけれど」
またも素早く切り返す。
今度は男も慣れたようで、満足げに頷いてから。
「ああ、それは失礼。何て呼んだらいい?」
「私のことを呼ぶ必要性は感じられませんけれど」
「お客に対して、それは失礼ってモンだろ」
──素早く切り替えされた。
少しだけ、楽しそうに彼女は頷く。
「ならば幾らで買いますか?」
精一杯に表情を緩ませて。
彼女は、そう言った。
「あー……、ンじゃ100万ユーロ」
「冷やかしはお断りです」
素早く切り返す。
「冷やかしじゃない」
素早く切り替えされる。
「なら何だと云うのですか、嫌味なお金持ちさんですか?」
素早く切り返す。
「いいから渡せ、巻き込まれたくはねぇだろ」
素早く切り替えされる。
「……」
暫し沈思する。
「……巻き込まれ…?」
「事情を話すのも面倒だ。悪い話じゃねぇだろ。お前を殺して無理矢理に奪ってもいいんだぞ?」
心底面倒そうに、男は煙草を取り出すとライターで火を点け吹かした。
「……ライター」
「……ん?」
「マッチ、何の為に買うんですか?」
「…………」
男は大きく煙を上に向かって吐き出す。
漏らした音は。
「さぁ」
彼女は、少し苛ついたような表情を浮かびかけながら、呟いた。
「……好奇心は身を滅ぼす」
「あン?」
「そういうことですか」
「ん、まぁ、そうだな」
「でも、私は、既に滅びているような身ですから」
「は?」
「死んでいるようで生きてもいない矛盾的破滅を内包した存在なんです」
「何……、言ってる?」
訝しげな視線を彼女に向けて……、男は煙草を落とし踏み潰した。
「私を殺して、無理矢理に奪う?」
「だから、さっきから何を……」
「やれるものなら、やってみてください」
「ガキが、バカなことをっ……」
「私は……、誰も殺せない、誰も殺したことのない……、最恐の生体兵器なんです……」
「……生体…兵器?」
鸚鵡返ししか出来ない自分を、男は今ほど呪ったことはない。
そうして呆気にとられていると。
一瞬で。
目の前の少女の姿を見失った。
「ッ!?」
彼女から目をそらした覚えもない。
それこそ手品のように、彼女は姿を消していた。
慌てて辺りを見回す。
男は油断をした覚えなどなかった。
寧ろ、極度の緊張で張りつめた精神が集中力を高めていたくらいだ。
「動かないで下さい」
そして背後から、少女の声。
──馬鹿、な。
男は愕然とする。
背筋に冷たいモノが走る。
心臓の脈動速度が跳ね上がり、血液が巡る巡る流れる巡る。
己がナイフだと錯識する余裕すら無い。
「……私は、誰も殺せません。けれど、私は……、誰にも殺され得ません」
「……」
ゴクリ、と、唾液が喉を通る音が聞こえる。
ドクン、と、心臓が強く鳴る音が聞こえる。
ハァッ、と、吐息が白く出る音が聞こえる。
「……何、モンだ……?」
その問いに対するシルヴィーの答えは。
「マッチ売りの少女です」
キアーヴェ=ファルコーネは、極度の緊張で視界が暗転した。
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