【002】<2004/12/26 : Giuseppe side> ジューセッペとレオナルド
──12月26日、バゲリーア
バゲリーアのインゼリーロ・ファミッリァのアジトに二人の男がいた。
一人は年がら年中狐目で、驚くとそれが猫のように丸まる、幹部のレオナルド=カッシニーニ。
もう一人はカポのジューセッペ=インゼリーロである。
二人はコーヒーカップを片手に、寒空へと出て行く三年目のチンピラを見送る。
当然後を追う訳でもなく、声もかけない。
「本当に、彼一人で?」
不躾にレオナルドが尋ねた。
それから彼は腕を組んで防御姿勢を取り、恐る恐るジューセッペの顔色を窺う。
特に顔色も変えずジューセッペはコーヒーを少し口に含み、窓の下、去り行くキアーヴェを黙視しながら答える。
「もう三年目だ、そこらのチンピラじゃない。これくらいはやって貰わんと困る」
「いえ、失敗したらどうします? うちは何処かの大手と違って、組員の補充がきかないんですからね?」
「……その方が良い。儀式を疎かにして潰れた大手を、俺はいくつも知っている……」
「……そうですか」
そこで会話が一時中断した。
二人は再びコーヒーを口に含み。
浮かれた街を見下ろし。
互いに皺を寄せたり失笑したりしてから。
また向き合う。
「しかし、簡単とはいえ重要な仕事です。シーロさんに任せても良いくらいでは?」
「シーロはうちの切り札だ。あいつが人前に姿を見せずに殺る……、それが肝心なんだ。コルレオーネもそうだったように、噂になるくらいの殺し屋が一人くらいはいた方が良い」
「それは、まぁ、確かに。人の口には戸を立てられないと言いますので、効果は覿面でしょうよ」
そこでまた会話が途切れる。
ジューセッペ好みのジャズに聴き入りながらも、レオナルドは食い下がる。
「でも、万が一の為に、やはりロドルフォでもいいから付けた方が良いのでは?」
「心配症だな、お前は」
「大事なブツですからね」
「だが、お前はあいつの実力も知っているだろう?」
「フム……」
――確かに、儀式の時に見せたナイフ捌きは見事でしたがね。
――でも、所詮、鉛玉の前では無力ですよ……。
腹では思ったが、口には出さなかった。
マフィオーゾらしく、慎重に言葉は選ぶ。
それくらい、ジューセッペでも分かっているだろうと思ったからだ。
同じ質問を繰り返す事や、あからさまに分かっている事実を言われるのはジューセッペの嫌うところだ。
だが。
――解せない。
――臆病なくらい慎重なジューセッペだ……、こういう時はシーロに任せても良い筈。
――何でキアーヴェなのか?
──是非とも聞きたいところだが。
──……いや。
──もしかしたらプロヴェンツァーノに頼まれた仕事なのかもしれない。
──それだったらシーロを送らない訳も分かるし、出来るだけプロヴェンツァーノにウケが良いキアーヴェを送った理由も付けられる。
――……まぁ。
──そういう事にしておきましょうか。
レオナルドは勝手にそう妥結した。
実のところ、彼には薄々、ジューセッペの思惑が読めている。
が、それは腹の中でも考えないでおいた。
何処かで漏れると、自身の進退にも関わってしまう。
気を紛らわせるように、彼は粉雪の舞う街並に再び視線を移した。
「積もりましたね」
「あぁ、珍しいな」
何も感想なく、ジューセッペがそう言った。
温暖なパレルモ地方に雪が降るのは非常に珍しい、つまりは異常気象だ。
これが何かの暗示なのか、一般人達はホワイトクリスマスを楽しんだが、彼等は少し戸惑いを感じた。
「しかし、今年も一年が終わりますな。何とか、無事に」
無駄口が多いと謗りを受けながらも止められないレオナルドは続ける。
ジューセッペは無言で、粉雪の舞う風景へと陶酔している。
何か、忘れてきたものを思い出すように。
「カポ、良いんですか? こんな日くらい、パセリさんと一緒に過ごしてみては?」
「無駄口を叩くのは、お前の唯一の欠点だ」
「性分ですので。あぁ、では、そろそろ私も徴収の方に出ます」
いつものように、軽口と寡黙さが火と油のように反発してしまい、言うに事欠いたレオナルドは適当に口実を作り逃げるようにしてアジトを後にする。
みかじめ料の徴収などは下っ端のする事で、彼のような幹部のする事では決してない。
それを分かっていながらも、ジューセッペはいつものように何も言わなかった。
ただ、少しだけ嫌な顔をした。
軽薄さは上辺だけで、レオナルドは決して、ジューセッペには心を許さない。
ジューセッペはそれが気に障るが、シーロやプロヴェンツァーノに受けの良い彼を利用している。
――キアーヴェもそうだ……。
悩ましい吐息が漏れた。
こういう気持ちの時は、話し相手がいなくて心底、良かったと感じる。
一人残されたジューセッペは、煌々と燃える石油ストーブで暖まりながら、ただ、白く染まった景色だけを眺めた。
自分にとっては、恐らく四季の中で最も縁がないであろう季節を。
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