第6話 陥落
上空に漂う数隻の戦艦をディティール達は唖然と見つめていた。
「殿下、国王が…」
ジルベールに耳打ちされ、ディティールは自分の頭を振った。
今は何を考えても仕方ない。
「分かった。謁見の間…か?」
ジルベールは小さく頷くと、人を呼んだ。
16くらいの、灰色のフードを纏った男が1人前に出た。
「殿下、魔術師のシャルルです。この者は他の同年代の者達と比べて知略に富んでいます。とうぞ、臣下としてお連れ下さい。」
「シャルル・オリエンタルと申します、殿下。」
シャルルと呼ばれた小柄な男は頭を丁寧に下げた。
有能な者、と聞いてディティールは目の前の惨状で打ちひしがれた心に、少し希望を見出したような気がした。
「有難う。ジルベール。」
ジルベールは少しでも打開策を講じようとしている。
そんな将校の気持ちを卑下にすることは出来なかった。
「では、参りましょう、殿下。」
螺旋階段を降り、シャルルのみを連れてディティールは高見台の塔を離れた。
シャルルだけを連れ出したのは、目の前に広がる惨劇を目の当たりにした臣下達が、歯を食いしばって死者のために瞠目していたからだった。
臣下の多くは、城下町に家族とともに過ごしている。
家族を一度に失った者も多いだろう。
執事や侍女たちも例外ではない。
ディティールには悲しみや悔しさに身を任せる暇はなかった。
王族としての役目があったからだった。
すぐに動かなければ、国が滅ぶ。
危機的状況に対して、何をすべきか、考えなくてはならなかった。
しかし、あんな得体のしれない戦艦から、どうやって立ち向かえというのだろうか。
ディティールは唇を固く結んだ。
そしてセフィが森に結界を結んだ理由を否応なく受け入れなければならなかった。
謁見の間は玉座近くにある大広間になっていた。
そこに国家の主要人達が集まり、軍議を開いている―はずだった。
「敵軍がまっすぐ玉座へ目指しています!!」
その報告を受けたのは、謁見の間の扉を開いたのと同時だった。
「殿下!!」
「……」
軍部、文部、摂政、魔術の長たる面々と、国家の主要人達が集結し、ディティールが広間に出ると安堵のため息と驚きの言葉や、軽蔑された視線が自分に刺さるのを感じた。
ただ一人を除いては。
「狙いは…王都なのか?」
ディティールが精一杯の力を込めて発すると、報告していた兵士が平伏した。
「はい。間もなくこの広間にも敵勢が攻め込んでくると思われます!」
ディティールは瞠目した。
「敵は、どこの軍勢か、確かめたのか?」
「はい!そ、それが…」
「…我々は敵を見誤っていたようだ。」
天井に一番近い人物が声を発し、その場は緊張感に包まれた。
「よもや、アドラステア王国が、異界の者と手を組んで攻め入って来るとは…巧妙だな。」
声の主は低音の、よく通る声で発した。
エルロンド・シャイニング
彼はディアロス国の国王であった。
ディティールは玉座の近くまで駆け寄った。
「父上『異界のもの』とは?」
「皆のもの、戦えぬ者はこの場をすぐに立ち去るが良い。
―ツヴァイス、魔術で扉を幾らか強固することはできぬか?」
ツヴァイスと呼ばれた初老の魔術師は、ニーナに次ぐ能力の持ち主で、副官を勤めていた。
「幾らか…というのは?数刻でも難しいかと思いますが…」
「でしたら
シャルルが進み出たが、ツヴァイスはじっと彼を見ると首を横に振った。
「…いや、お前には殿下をお守りする役目を果たしてもらわねばならぬ。ここでお前の魔力を枯渇させて、一番困るのは殿下だ。」
「お主たちには別の指示を与える。
ツヴァイス、数刻でも構わん。出来るのか、出来ないのか。」
威厳ある低い声に、ツヴァイスはしっかりとした声で張り上げた。
「この命に変えましても、死守してみせましょう。」
「その間に血路を開くことは出来るか?」
国王はディティールの質問に答えることなく、周囲に指示を出し始めた。
ああ、まただ。
周囲の緊迫した状況で、適確に素早く次々と指示を出していく父王。
不安に苛まれた広間は、あっという間に騎士団と近衛騎士団で一杯になり、戦に不向きな文部官達はそそくさと退出した。
普段の綺羅びやかで静かな雰囲気とは違い、広間は物々しい雰囲気と鉄の臭いが入り混じった。
ディティールは広間の光景を眺めながら思案した。
敵の戦艦について、今したがた聞いた報告の内容、王が出した指示、それらを踏まえて考えると、恐らく敵の前線は王城の内部まで及んでいる。
それも、玉座に近いところまで。
急な侵攻と要所だった砦の陥落の報とともに、ディテールは最悪の事態を想定した。
「南の門所が破られました!!」
「生き残った城下町の住民には、隠し通路を使って、城の地下道へ避難を呼びかけています。」
「北の城塞にも守りを入れていますが、敵勢の勢力未だ衰えず…」
「近衛騎士団、南へ出撃致します!!どうぞ、ご命令を!」
「大砲を北の敵勢向けて放ちましたが、勢力崩れません!!」
「近衛騎士団、壊滅状態!」
ツヴァイスは冷や汗をかき、唸っていた。
目をしっかり閉じて集中しているが、顔色は1秒毎に青ざめていった。
「…陛下、私からも。
どうやら魔法で扉を最大限強固にしておりますが、持ちこたえる力は残されておりません。敵の陣営に勝てる術など、我が国には残っておられないようです。」
悪い報せばかりが飛び交う中で、エルロンドは瞠目した。
「……最早、城はこれまで…か。」
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