第4話 最高魔術師と無敵の王子

 セフィは目を閉じて、暫くニーナの気配を探っていたが、何も伝わってこなかった。

 ゆっくりと瞼を開いて、ディティールにそう告げた。

 案の定、ディティールは酷く落胆した様子だ。

 うめき声をあげながら、なんとか差し出さた紅茶とともに溜飲する。

 セフィは落胆したディティールを眺めながら、回想に耽った。


 昔、ディティールが5〜6歳になった頃、ニーナを初めて連れて来た。

 それまでディティールは部下を数名伴って森に入って来たことがあるのだが、その全員がセフィの魔術にお世話になることになった。

 皆一様に驚き、


 昔から住んでいるものがいたと言うのは、本当だったのか?!


 と顔を青ざめて二度とこの森へ足を運ぶことは無かった。

 それに比べ、やんちゃ盛りの王子様は、セフィに会っても嬉しそうに、そして楽しそうに森と遊ぶのである。

 そんなディティールが、初めて臣下以外の者を連れて来たの時は驚いた。

 誰かが来る、という朧げな予感はあったものの、まさか女の子だとは思わなかった。

 話しを聞いて、ディティールと少女の関係を知ることが出来た。

 少女の名前はニーナ・オルセ。

 ニーナはディティールの乳母姉弟なのだった。

 城の中では、彼女以外心を開くことが出来ないらしい。

 ニーナはセフィを見ても動じることなく、優雅にお辞儀をして自己紹介した。

 そしてそんな少女に、不相応な力を持っていることも、ひと目見てはっきり分かった。

 彼女もディティールしか心を開くことが出来なかった。

 城に行けば、ディティールとの仲をよく思わぬ年配貴族から囁かれ、自領へ戻れば実の父親から疎まれる。

 もし、ニーナに上の兄弟がいれば、まだ状況は違ったかもしれない。

 女性が領主になるということと、自分の父親より優れた魔術の才能を持っているとなれば、周囲から興味本位で近づかれ、怖れられてしまう。

 人並み以上の力を持てば、そういう存在になる。

 こういう環境で育ったからか、彼女は同じ年頃の娘よりも静かだった。

 セフィは彼女を哀れだと思った。

 しかし、そんなこと言ってしまえば、彼女の努力を無に返してしまうことにもなろう。

 だから出来る限り、力になれればと思い、別れる時に魔術で作った一輪の花を手渡した。

 彼女は可憐な、世界でたった一つの花に驚いたようだった。

 そうして、初めて彼女は笑ったのだった。

 心の底からの笑顔だった。


 ディティールとニーナ、二人は似たような境遇を歩んでいた。

 だからディティールはニーナに対して、感情的になることもしばしばあった。


 そんな少女が大人になり、立場が上下関係になれば、さぞ寂しい思いをディティールはして来ただろう。

 ニーナが森に来たのはその一度きり。

 おそらく、あの後教育のために学校へ通うことになったのだ。

 ディティールとニーナの別れ道は、ここから始まった。


「誰もが皆、大人になるのね。」


 少し寂しいような、嬉しいような、けれどセフィは願っていた。

 二人が幸せになればよいと。

 同時に叶わぬ願いであるということも分かっていた。


 オルセ家は、遠い昔、ディティールの先祖にあたるシャイニング家から王家を追放された家柄であった。

 昔のことであるのに、人というものはそれに固執する傾向にある。


それも―


 セフィは紅茶を飲んだ。


――これで終わりになるのかしら。


 そして憂いた瞳で、ディティールに告げた。

 それは、少し前から感じていた危機感だった。



「ディティール、すぐ王城へ戻りなさい。」


 セフィはニーナを探すための魔術で、この国に訪れる強い危機を同時に感じ取っていた。


 だからだろうか。

 つい物思いに耽ってしまった。


 ディティールは驚いた顔でセフィを見つめた。

「それは…?セフィ…一体何が起こるというのだ?」

「戻れば分かるわ。――それと」


 一応念をさしておく。


「今後、この森に入ってはいけない。

 どんなに私に会いたいと思っても。」

 強い眼差しを突きつけた。


 ディティールは困惑した顔をしていたが、何か危機的な状態が起ころうとしていることは確かに伝わったようだった。

 ディティールは力強く頷き、椅子に立て掛けていたマントを羽織った。


「母上、どうか……どうか、お元気で。」


 きちんとした優雅な一礼をして、足早にディティールは去っていった。

 セフィはその後ろ姿を確認すると、目を閉じて指で丸の動作を作った。

 森の空間がうねり、森全域に強固な結界を施し、ディティールを王城へと送った。

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