第5話 推しに会うために本気出すオタク

「あ、ヒョリンさんからDMだ…」


『いなほちゃん!こないだのデータ現像できたよー!ファイル便期限間違えて7日にしちゃったからごめんけど早めに落として!』


さすがヒョリンさん…仕事が早い…。


併せから3日後、カメラマンのヒョリンさん(40代二児の母)からデータが送られてきた。

ヒョリンさんはアンギルレイヤー時代からの繋がりで、サ終の地獄を共にした、言わば戦友のような関係。

私は語彙力が死に絶えているのでうまく説明できないが、とにかくカメラが上手い。

ライティング、構図、ポージング、とにかくこだわりにこだわり抜いて、奇跡の一枚をバンバン撮ってくれる、ポーズ指導の際少々口が悪い事を除けば完璧な私と柊子が誰よりも信頼を置いているカメラマン様だ。アイドルを撮らせれば彼女の右に出るものはいないだろう。

ただ本当にポーズ指導が厳しくて心が折れそうになる。


例:「首の角度あと5°右に傾けて!傾けすぎ!二重顎!!ちょwww首のシワ終わってんな!加工で消してね!!!!そうそうそう!!!いいそれ!!それそれ!!はい撮りまーーーーす!!!」


ほんと…いい人なんだけどな…アレさえなければ…。いや、贅沢は言うまい…。


「相変わらずうめぇな…あとは俺たちの目をでかくして輪郭削ってほうれい線とクマと小鼻を消せば完璧だ…」

……全部こっち(レイヤー)側の責任じゃねぇか。


そういえば…学生の頃に比べて加工する部分増えたな…。

私こんなにほうれい線濃かったっけ…あれ…これシミ…?え…嘘じゃん…。ていうか…ちょっと顔丸くなった???

「…今日も頼むよポトショップくん…」

加工までがコスプレ。私はそのスタンスでレイヤーをやっている。

当たり前だ、生身の一般人が二次元のキャラクターになろうなんて、メイクだけでどうにかできるわけないだろう。


でも…現実は加工もフィルターもない…。


「…加工前の状態を推しに見られるって事か…」


控えめに言って地獄では?????

やばい…推しにババア認知されたらこの先一生顔を上げて生きていけない、というか二度と接触イベに参加できない!!!!!!

無理だ!!!地獄だ!!!!やばい!!!!


「これ…まじでなんとかしないとやばいのでは?????」


アラサーオタク、ビジュアル改善生活開始。


とにかくこの数年で増えた体重、下っ腹の肉、顔の肉を落として、シミそばかすクマの撲滅を目指すべく、ビジュアルだけはモデル級の柊子に相談した。


「とりあえず夜更かしと菓子と酒やめな」

タバコの煙を吐き出しながらぴしゃりと言い放つ柊子。

「車にガソリン無しで走れと????」

「お前車だったんか」

「そうじゃなくても酒と菓子は私の原動力であってだな…」

「安心しろ。人間はアルコールや過剰な糖と脂がなくても動ける。あたしはニコチンがないと動けないけど」

「お前がタバコ焼けしない理由がわかんないよ私には」

「とにかく!騙されたと思って抜いてみな!」


いやいやいや、そんな簡単に変わるわけないだろなめてんのかこれだからビジュアルに恵まれた人間は…


2週間後


「3キロ減っとる…」

おまけになんかむくみが取れたのか顔スッキリしとる…。あと便通良くなったのか下っ腹が引っ込んだ…。

菓子をやめた事で肌荒れは治ったし晩酌をやめたので早く寝るようになりクマも薄くなった…。


「…私は自分で自分を老化に追い込んでいたのか!!!!」

「だから言っただろうが」

2週間ぶりに、柊子と飯に来た。

行きつけのサラダ専門店らしい。

「柊子わかってたならもっと早く言ってよ!!」

「お前な…、うーーーん…でもなんか惜しい…」

「何が…」

「あんた…コスの時はほんと良いんだけど…あ、これ世辞とかじゃねぇから言わねぇからまじ気持ち悪いふざけんな」

「言葉の治安が悪りぃな」

「普段!!普段よ!!!化粧映えする顔面してんだからもうちょっとなんかこう…工夫してこ!!!!」

「褒めてんだか貶してんだか…」

「最上級に褒めてるよ!!!!」

そう言うと柊子はボールいっぱいの青野菜をもりもり頬張った。

普段からこんな青虫みたいな食生活してるのか。

「やっぱね、レイヤーたるもの、推しのお姿をお借りする身としてはね、近づくための努力は必要だと思うわけよ」

「うんうん」

「そして同じように、オタクたるもの、推しのために出来る限り見目麗しくあるべきだと思うわけよ」

「ほう」

「我々ファンは、推しの顔である!」

「柊子声でけぇ」

「ごめん」

「わかるけど…たしかにね、アイドルのファンとか…ヨレヨレのTシャツきた汗とニキビの吹き出したデブのおっさん…いかにもプロトタイプのオタクだな…みたいなのとかよく見かけるけど…「アレがあの子のファンか」…て他所から思われるのかわいそうだよな…」

「それと同じくね、私らも「あの痛々しいオバハン達があの人のファンか…」って思われないようにしなきゃいけないのよ!」

「…そうか…そうね…私ら良い歳だもんね」

「そう、年相応に落ち着いて、年相応に品を持ち、年相応に美しくあるよう努力すべき!普通であるべき!無駄な個性は求めずに!」

なんか今日の柊子熱いな。

「そだね、推しにとって恥ずかしくないファンでいよう」


イベントまでもう少し。ちょっとでも綺麗になれたら良いな。

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推しにガチ恋されまして。 絲織栞 @lazuli67

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