第2話 コンプレックスアクター
小鷹 礼人[おだか あやと]29歳。
身長180㎝ 体型 痩せ型。彫りが深いのをよくいじられる。
アニメ声優に憧れて、三重の片田舎から18の頃に上京。専門学校を出て、今の事務所に預かり所属。先輩が出演する舞台の客演とか、映画のエキストラ、その他諸々小さな仕事をこなしながら、派遣のバイトで食いつなぐ日々。アニメのキャストオーディションはことごとく落ち、名前のある役なんてもらえない。事務所の査定にスレスレで残り、首の皮一枚繋がった状態で2年が過ぎた頃、はじめてオーディションで勝ち取った名前のある役。それが「花巻みなみ」だった。
アプリゲームのキャラとはいえ、まさかアイドルの役をもらえるなんて思ってもみなかった。あの時の喜びは、今でも忘れない。
2次元も3次元もアイドル戦国時代の現代、これは大きなチャンスだと思った。みなみの役に決まってから、「Un/Guilty」としてのイベントや、レコーディング、そして、コンテンツ全体の合同ライブで大きなステージにも立った。事務所も本所属となり、舞台の仕事もどんどん増えて、生活が180°変わった。
みなみのおかげだ。学もなく、これといった個性もなく、少しだけ高い声色と身長だけが取り柄の俺が、それなりの人気者になれたのだから。俺の実力…と言えたらどんなにいいだろう。悔しいけど、俺ではなくゲームが、「花巻みなみ」がすごいのだ。俺はみなみと、ファンのおかげでアイドルになれた。
そんな生活も、数年が過ぎた頃に終わりを迎える。ゲームアプリのサービス終了。サイトも閉鎖して、プロジェクト自体が完全に凍結してしまった。俺はまた売れない役者に逆戻り。いや、それでも以前よりは舞台の仕事は入っていたが…。稽古とバイトで1日が終わる。そんな日々がまたやってきた。
好きなもの、アニメ、漫画、海外ドラマ。
趣味、カメラ、人間観察。
オーディションで人間観察が趣味とか言うと絶対落とされるからオススメはしない。ちなみに俺は言わない。
シンプルに人間を観察してる人間なんてやべぇやつじゃん。あとなんか上から目線な気がしてムカつく。ただ、俺は職業柄観察は趣味というか習慣になってる。通勤電車の中、街中を歩くとき、カフェでコーヒーを買う時、いつでも、周囲の人を見てしまう。
同時に、「俺は浮いていないか」気になってしまうのだ。
俺はいわゆる、「お坊っちゃん」だった。
祖父、父親共に医者で、比較的裕福な家庭で育ち、その上父母祖父母は放任主義、俺に勉強を強制するわけでもなく、好きな事をやらせてもらえた。マイペースな性格と金銭感覚のズレ、それを面白く思わない連中に目をつけられて中学生の頃はいじめられていた。
そんなつらい時に、支えてくれたのが漫画やアニメ。見ている時だけは心が安らいだ。声優を目指しはじめたのもこの頃から。
よくある動機だ。専門学校に入る時もこの動機を話したら「声優目指す人間の7割はほぼ同じ動機だよ」と言われて衝撃を受けた。
世の中にそんなにいじめられている人間がいるのか。
…いや、今思うとたぶん面接官はそういう事を言いたかったわけじゃないと思う…。あれは皮肉だったんだ…俺も若かった。
上京資金は親に頼らず、自分でバイトして貯めた。上京してからも、仕送りは米だけ。(たまに母親が作り過ぎたおかずをクール便で送ってくるが)お金に関しては自分で工面している。ギリギリの生活だけど。今までお金がなくて困った事がないので、はじめのうちは大変だった。その上、専門学校の授業もなかなかに個性的で、羞恥心を捨てるのに苦労した。あと、声優の専門学校って少し…というかかなり変わった人が多い…。俺もなかなか変わり者だけど…いやそれ以上に…。
喋り方が妙に早口なやつとか、リアクションがオーバーなやつとか、見た目男なのか女なのかわかんないやつとか…学校にコスプレしてくるやつとか…とにかく個性のオンパレードだった…それが正しいのか間違ってるのかは定かではないが…。俺は正直ちょっと痛いなって思ってた。みんな悪いやつではなかったけど…。
コスプレは、俺は嫌いじゃなくて…ていうかむしろ好きなんだ。
あ、見る専だけど。事務所用とは別の、個人用アカウントでこっそりSNSを覗き見するくらいには好きだ。
キャラクターになりきる努力を惜しまないところ、たしかにグレーゾーンのジャンルではあるが、キャラクターが好きという純粋な気持ちで臨むその姿勢は、役者としても忘れてはいけない気持ちだと思っているから。レイヤーさんはリスペクトできる。
アンギルとしての活動が終わり、2週間が経った頃、一枚の写真をSNSで見つけた。
アンギルメンバーと肩を組み、ステージ上で笑っているみなみのコスプレ写真だった。
少し気になって、みなみをしているレイヤーさんのアカウントを見てみた。
数年にわたって、みなみのコスプレをし続けてくれている人だった。そういう人は今までにも何人も見てきたが…
「…衣装、全種類作ってくれてる…」
全種類衣装をコンプリートしている人はこの人が初めてだった。丁寧に、忠実に、全てを再現してくれていて、本当にみなみが生きているようだった。
アップされたデータに添えられていた文は。
「たくさんの夢をありがとう」
その一言に、全部が詰まっていて、ああこの人は、こんなにも「花巻みなみ」を愛してくれていたんだな。と、そしてそんな人が、世界中にたくさんいたんだと。
気づいたら俺は、スマホを握りしめて大声で泣いていた。
それから俺は、このレイヤーさん、CN「いなほ」さんをSNSで密かに追っている。
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