推しにガチ恋されまして。

絲織栞

第1話 パンピーに擬態するタイプのオタク

斎藤輝穂[サイトウ キホ]26歳。会社員。

身長156㎝ 体型普通、顔普通。…普通。

温厚でおとなしい父と料理下手で笑いの壷が浅い母の元で育ち、ごく普通の高校を出てごく普通の大学に進み、ごく普通に就活して、地元企業の事務職につき早4年。

人生に起伏などなく、平坦も平坦。いわゆる「モブキャラ」だ。


そんな私にも、一つだけ隠し事がある。


「お疲れ様です」

「お疲れ様。あ、忘れてた!斎藤さん、日曜日にさ、取引先の部長さんたちと…まぁそんな堅苦しいのじゃないんだけどさ、ホテルで会食あるんだけど…事務の女の子何人か連れてこうと思ってて…斎藤さんはどうかな、都合とか…。急だったし、無理にとは言わないんだけど」

「すいません日曜日は…ちょっと予定が…」

「だよね…!大丈夫!ダメ元で聞いただけだからさ!ごめんね!」

「いえ、私こそすみません…お誘いいただいたのに」

「いいのいいの!じゃ、また月曜日にね」

「はい。課長、お先に失礼します」

「はーい!お疲れ様ー!」


会社を出て、ふと思い出す。


「やべぇ。日曜の衣装、まだ布だ」


「併せ」開始まであと残り40時間49分。

そう、私は…


コスプレイヤーである。



私がコスプレ…コスに出会ったのは今から6年前。

大学2年の頃、学園祭のステージで、2次元男性アイドルユニット「Un/Guilty(アンギルティー)」のコピーパフォーマンスをしたいからと、友人に誘われたのがきっかけだ。

メンバー5人中一番身長の低い「花巻みなみ(はなまき みなみ)」というキャラクターの担当が見つからなかったらしく、身長体格がちょうど良かった私に、着て踊るだけでいいから!そんなに難しくないから!!などと調子のいいことを並べ、スカウトするやいなや私のスマホにしっかりゲームをインストールし(容量3.5G使った)1週間でストーリー第一部を読破しろと無理難題を押し付け、挙げ句の果てにはその時点で発売されていたCD、ライブDVD全て貸し出され、全部視聴する羽目に。


おかげさまで1ヶ月が過ぎる頃には沼にどっぷり浸かっていた。アンギル最高。みなみきゅんまじ尊い天使。


しかし、アンギルにハマってから4年が過ぎた頃…まさかの事態が起こる。


ゲームアプリのサービス終了。


人生で目の前が真っ暗になったのは後にも先にもこの時が最初で最後だ。

…いやまだわかんないけど。

とにかくそれくらい落ち込んだ。課金は定期的にしてたし、CDも円盤も全部揃えてたしイベントも毎回応募してた。一回も当たったことないけど。

でも、たしかに年々人気が落ちているのはなんとなく察してた。でもきっとまた、新曲が出れば、来年もまたライブやってくれるから…。

そんな願いは儚く散った。

バトルものじゃないんだしさ、推しが死ぬことはないけど、サ終してコンテンツ自体が動きを止めてしまったらもうどうしようもないんだよ。私たちの力ではもうどうにもできない。一部のファンだけの力では…どうにも。

もっとイベントの応募たくさん出せばよかった…。もっとお布施払ってればこんなことには…みなみにもっと会いたかった…。もっとたくさん曲を歌って欲しかった、アンギルのみんなともっとすごい景色を見て欲しかったのに…。


涙が止まらなくて、その後1週間寝込んだ。貯めていた有給を一気に使ってしまった。

さすがにアプリがサ終してショックで寝込んだなんて言えるわけがないので、会社には「原因不明の熱」という事にしておいたが、それはそれで部署がざわついたらしい。

復帰後初出勤の朝の課長の顔が忘れられない。私の顔見るやいなや「ひぃぃっ!」ってビビってたな…。

それもそのはず…1週間ほぼ飲まず食わずだったからげっそり頬こけてムンクの「叫び」みたいになってたもんね、顔面が。

ぶっちゃけトイレで自分の顔見てドン引きした。


それから1年が経った頃、別の会社から新しいアイドルゲームがリリースされた。

もうあんな思いは二度とごめんだと敬遠していたが、たまたまSNSで流れてきたPR動画のキャスト欄に見覚えのある「小鷹礼人(おだか あやと)」という名前が載っていた。


「みなみの中の人だ…」


中の人、というのは要するに声優さんの事。

小鷹さんはほぼ舞台中心に活動している役者さんで、アニメにはたまにモブキャラで出てるくらいで、メインを張ったことはないし、ゲームキャラもみなみ以外に目立ったキャラは担当していない。ライブも、私が沼に落ちてから一度だけアンギルの5人で出演していたけど、その一回きり。忘れもしない。みなみとは正反対の、高い身長、長い足、目は大きくて顔がシュッとしてて、鼻が高くて…あ、こういうのを「顔がいい」って言うんだな。

みなみの声で歌って、舞台仕込みのキレッキレの動きでダンスする。真剣な顔、そして、客席に向ける満面の笑顔、最後の挨拶の時の涙…忘れられない。


あの姿を見た瞬間から、私は本当の意味で「花巻みなみ推し」になったのだから。



みなみの中の人…もとい、小鷹礼人さんが「九ノ瀬 奏多(ここのせ かなた)」というキャラクターで出演しているゲームが、

「Brilliant☆Produce(ブリリアントプロデュース」略してブリプロ。

綺羅プロダクションに所属する16名のアイドルの中から担当を決め、育成するアプリゲーム。

このゲーム、担当を3人まで選べるのだが、キャラは重複可。レッスンを積み、オーディションを受けさせることで経験値が上がりレベルが上がる。そしてこのゲームの最大の魅力であり、闇でもあるのが、キャラクターごとに人気度が集計され、人気の度合いによって衣装や新曲が実装されるのだ。

人気度というのは、アプリ利用者の各キャラクター毎のレベルを集計したもの。つまり、担当している人間が多ければ多いほど有利になる。なので、担当キャラクターは重複可なのだ。1人を猛烈に推したければ三枠とも1人のキャラクターに与えられるし、また、3人とも別のキャラでもいい。とにかくレベルをあげまくればいい。

そして人気度は毎月リセットされる。3ヶ月に一回新曲が実装されるが、ソロの時もあればランキング上位キャラを数人ユニットにした曲もあるので何が来るかは分からず急に情報過多で脳が処理落ちする事も多々。


「…できた!!」


帰宅後、作業を続ける事7時間45分。

つい先月実装された、「九ノ瀬奏多」初のソロ衣装。

日曜日のブリプロ併せで着用する衣装の完成だ。


敬遠…してたけど、案の定沼に落ちた。

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