✿ 終印 ✿
第72話 かみさまのしるし
――あれから一週間後。
凪はすっかりいつもの生活に戻り、学校に勉強に御朱印巡りに、はたまた神社での修行にと、忙しない毎日を送っていた。
もう汐の姿を見ることはなかったが、イコナ曰く、魂のみの存在になってもその強い縁で凪と繋がり続けてきた彼女なら、きっと星空から凪を見守っていると言った。その優しい言葉に凪は喜びつつ、イコナがやはりロマンチストなのだとわかって、サクラたちと一緒に少しだけ笑い、少しだけ泣いた。
また、いくつか変わったこともあり、月音が本当にマイ御朱印帳を手に御朱印ガールになったり、イコナやククリが頻繁に月音の神社へ遊びに来るようになった。
中でも一番変わったのは、〝恋心〟を自覚し始めたサクラかもしれない。
サクラは凪に顔を近づけ、大きな瞳をキラキラさせながら尋ねる。
「ねぇねぇナギ! おしえて? ナギは、だれが一番好きですか!」
「サクラ、だからその、今それを考えてる最中というか、か、勘弁してくれー!」
もはや降参とばかりに手を合わせる凪。その様子にイコナとククリがとうとう笑い出し、サクラはキョトンと不思議そうに首をかしげた。
凪もまた、自分の感情と素直に向き合えるようになった。だからこそ、自分が誰を好きなのか、どんな未来を求めているのか、思春期らしい考えに悩まされているのだ。
そこで月音が凪の腕を掴み、ニコニコ顔で語る。
「うふふ。凪ちゃんは優しいから、素直に本当のことを言えないんだよね。でもわかってるよ。本当は、お姉ちゃんがいちば~ん大好きなんだもんね? うんうん、凪ちゃんの気持ちはよぉくわかってます! 愛はバッチリしっかり伝わってます!」
「は? つ、月姉?」
「ほらほら、もう夕食も出来たからいこっ。それが終わったらお風呂にしよっか? お姉ちゃんがキレイにしてあげるねっ。だって、汐ちゃんにも任されちゃったもん!」
「ちょ、待って待って! だから入りませんって! もう月姉とはそういうことできないって言ったろ! 万が一何か起きたらどうすんの!」
「私は何が起きてもいいんだけどなぁ~」
「そう言うと思いましたけどね! もし汐が見てたらどうすんだよ!」
「見てくれてたら汐ちゃんも安心出来るはずだよ~♥」
密着して大いにイチャつき始める二人。
あれから確実に距離を縮めた二人の縁は、今やさらに強く濃くなっている。
だからサクラは慌てた。
「むうう~……! すとっぷ! すとっぷです! もうイチャイチャ禁止です!」
以前は言わなかったようなことを口にし、凪と月音の間に割って入る。
「サクラはナギの思い出の人なの! だからあんまりイチャイチャしちゃダメ!」
「いいえ凪ちゃんは私の凪ちゃんです! サクラ様はお子ちゃまですし神様なんですから凪ちゃんと私の縁結びの練習でもしててください!」
「うう~! イ、イコナぁ~!」
「くっつくな。まぁでも、ナギくんにとってサクラはあくまでお礼を言いたかった恩人でしょ。それ以上でも以下でもないし、何よりそんな子供の姿じゃね? さーて、それより例のナギくんのお礼、何してもらおうかしら? ふふっ、楽しみだわ」
「あ、あのうイコナさん? 出来ればその約束、優しめなやつでお願いしたく……」
「どうしようかしら。ああ、ククリも何かあったら意見くれていいわよ」
「イコちゃんがそう言ってくれるなら……ナギさんへのお願い……えへ♪」
「えっ、ククリも!? ちょ、それは反則じゃない!? 待ってくれよ!」
「うう~! イコナとククリまでぇ~!」
二柱の神様までもが凪へと迫る光景に、サクラはかなり焦っていた。
月音だけではない。イコナもククリも少なからず凪に好意を寄せており、さらに今の凪のスマートフォンには遠く石川の小学生コンビ――沙夜と色葉からのメッセージも頻繁に届き、夏休みにはここへ遊び(しかも泊まり)に来ることまで決まっていた。
さらに学校でウィンドサーフィン部に体験入部した凪は、その体力と運動神経の良さをいかんなく発揮し、澄田マネージャーはもちろん多くの女生徒から注目の的でもある。すべてのきっかけである御朱印巡りが、凪とその周囲を大きく変えていた。
サクラは、月音がよく言っていた『ライバル』の意味を身をもって知る。
つまり、全員がライバルである。
「……よぉ~し、ハイ! サクラ決めました! もっと御朱印巡りして、いろんな神様の御利益をさずかって、ナギと縁結びしてもっと仲良くなるよっ!」
「えっ!? サ、サクラが縁結びするのか?」
「うん! もう決めちゃった! サクラもツキネみたいにがんばるぞ~っ!」
「もう! だからサクラ様はナギちゃんにくっつかないでください!」
「神様が自分の縁結びするって何よ……ホント、サクラはめちゃくちゃね」
「ふふ。でも、とってもサクちゃんらしくて、あったかいので」
手を挙げ、元気に飛び跳ねてやる気を見せるサクラ。
その際、サクラの髪に結ばれている二つのリボンがほどけて落ちた。
「ああもうそんなにはしゃぐから。結んであげるからちょっと落ち着きなさいな」
「はぁ~いっ。ありがとイコナ! ククリも!」
イコナとククリがリボンを拾い、サクラの両隣でそれぞれにリボンを結び直す。
凪はふと気付いて尋ねる。
「そういえばさ、サクラもイコナもククリも、みんな髪に同じようなリボンを結んでるよね? それって、何か理由があるのかな」
サクラはツーサイドアップを結ぶリボンを、イコナは後頭部の大きなリボンを、ククリは長い髪にくるくると巻き付けて結ぶリボンを、それぞれに使っている。
イコナが代表して答えた。
「ああ、あたしたちのリボンはね、『
「リボンは〝結ぶ〟もの、なので……。わたしたちをこの世界と繋げてくれる、大切な『縁』、なんです」
「世界と……なるほどなぁ。それもまた縁かぁ」
イコナとククリの興味深い返答に、凪は少々思いを巡らせる。
サクラのリボンが結び終わったところで、サクラは凪の前に立った。
「ナギ。サクラはナギが好きだよ。大好き!」
「んっ? きゅ、急にどうしたんだよ」
ストレートな言葉をかけるサクラは、そのまま凪の手を強く握りしめる。
「サクラたちがこうやって出逢えたことも縁なの。みんなみんな、たくさんの人やモノと、世界と、縁で繋がってる。ぜんぶ、そこから生まれるんだよ! それってきっと、とってもすごいことだよね!」
伝えたい。
結ばれたい。
誰もが大切な人を想って願うその気持ちを、サクラは神でありながらも人と同じところから伝え、歩もうとしていた。
「もちろんツキネも、イコナも、ククリも、みんな大好き! だから、もっと強く結ばれるために御朱印巡りがんばるよ! それでね、またみんなの縁をたくさん結びたいなっ! とゆーわけで、みんなで次の御朱印計画たてよー!」
桜のように咲き誇る、サクラの笑顔。
その胸元で、『
✿ 了 ✿
かみさまのしるし~めくるめく御朱印巡り旅~ 灯色ひろ @hiro_hiiro
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