第71話 桜の社
月音がそっと身を離すと、彼女は正面から頬を赤らめてつぶやく。
「サクラ様だけずるいもん。だから、これで許してあげる」
「月姉……」
「あーあ。初めては、もっとロマンチックなのが良かったな。もう、台無しだよ!」
わざと怒ったような言い方をしつつも、すぐに笑顔を取り戻す月音。
「もちろん、私はこれからも凪ちゃんと一緒だよ。大好きだから。それに……汐ちゃんに任されてるもんっ。これからも、私が支えてあげるの。ずっと、ずっとね」
〝お姉ちゃん〟ではなく、〝私〟として。
「……ありがとう、月姉」
すべてを包み込むような優しく懐かしい月音の笑顔を、凪は愛おしく感じた。
『――よかったね、凪にいちゃん!』
少女の声がした。
凪と月音の目には、ある少女の姿が視えている。
桜色の、可愛らしい浴衣を纏った少女。
淡い光に包まれながら、二人の傍らで嬉しそうに笑っている。手にわたあめを持ったその姿は、どうやらサクラたち全員にも見えているようだった。
「汐……」
「汐、ちゃん……」
呆然とする二人を、少女はくりっとした瞳でからかうように見上げた。
『やっとみえるようになったんだね。しんぱいでずっとくっついてたんだけど、もう、汐がそばにいなくてもだいじょうぶみたい』
夢のような光景を前に、凪はすべてを理解した。
――天乃湯神社の階段から落ちそうになったとき、手を引いてくれた。
――月音、初音、朔太郎と本当の家族になれたとき、声をかけてくれた。
――ククリのところで雪に倒れたとき、神朱印帳を開けと教えてくれた。
――凪のお守りを拾い、大切なモノを思い出させてくれた。
それだけではない。きっと、もっと、ずっと前から――。
『凪にいちゃん、月音ちゃんをずっとまもってね。月音ちゃん、凪にいちゃんをずっと支えてあげてね。二人いっしょなら、汐もあんしんだから。やくそく!』
汐は、凪へ向けて右手の小指を――あの頃と変わらない小指を差し出す。
「……ごめん、ごめん汐! わかったよ。今度は、必ず守るから。約束する!」
凪は、その場で汐と指切りをした。
すると、背伸びをした汐は笑って凪の頬を撫でる。
凪の瞳から、大粒の涙がこぼれた。
六年前、同じことをした。でも、守れなかった。ずっと苦しかった。汐に謝りたくて、いつも胸の奥にあった大きなわだかまりが、やっと、溶けてなくなっていった。
汐は、サクラたちの方へ向かって丁寧に頭を下げる。
そして、わたあめを大切そうに持ったまま、風景に同化するように消えていった。
『凪にいちゃんっ。わたあめ、おいしかったよ! ありがとう――!』
汐は最後まで笑顔のまま、凪と月音の前からいなくなった。月音が口元を覆い隠しながら、震えた手で凪の手を握る。
きっと、もう妹には会えない。
そのことが直感的にわかった凪は、月音の手を握り返した後――すぐに自分の目を拭って前を向く。
その顔は晴れていた。
「サクラ!」
「は、はい!」
ハッキリと名前を呼ぶ。サクラは姿勢を正して凪を見た。
「また、みんなで御朱印集めをしよう。これまで通りに、協力しあってさ」
「……ナギ」
「サクラのためだけじゃないんだ。これは俺のためでもあるんだよ。だって、御朱印巡りは俺の、汐から受け継いだ大切なもので、みんなとの繋がりそのものだからさ」
凪はサクラへと手を伸ばす。
サクラはしばらくその手を見つめ、やがて笑顔で手を掴んだ。
「――うんっ! 約束したから! ナギっ、これからもずぅっとよろしくね!」
そのとき、桜色の鳥居に刻まれていた社名が輝きと共に復活した。
――『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます