第70話 始まりの夏祭り

 やがて皆が落ち着いたところで、凪はイコナへと声を掛ける。


「ところでイコナ。サクラの神社に信仰の力を戻すにはどうすればいいかな?」

「そうね、何よりも参拝客を集めて神域を作り直すことだわ。けどそのためにはまず祭神であるサクラが力を取り戻す必要がある。じゃなきゃ参拝客なんて来ないからね。いっそ縁切り神社として再開するのもアリかもしれないけど、サクラは嫌がるでしょ」

「え? サクラが力を取り戻すためには神社の再建が必要で、神社を再建するにはサクラが力を取り戻す必要がある……えっ? じゃ、じゃあ結局どうすれば!?」


 片方を得るには片方が必要。だが、今はそのどちらもがない。

 ある意味〝詰み〟とも言える状況だったが、イコナは愉快そうに言う。


「本来は神滅した神と社を元通りにする方法なんてないわ。けれど今回は特殊なケースだし、この問題を同時に解決するたったひとつの素晴らしい方法があるのよね」

「イコナおねが~~~~い! それおしえてぇ~~~~~!」


 抱きついてくるサクラを押しのけながら、イコナは鼻高々に凪の方を見て告げる。 


「いいけど、ナギくん? ここでまたあたしの力を借りたら、例のお礼、ぐんとハードル上がるわよ? すっごいことお願いするかもしれないけど?」

「どうぞイコナヒメ様のお心のままに!」

「よろしい。ま、簡単なことよ。今まで通りに御朱印巡りを続けなさいな」

『え?』


 凪とサクラ、月音も同じように呆けた反応を見せる。ククリだけはそのことをわかっているようで、こくこくとうなずいていた。


 イコナは人差し指をピッと上げて言う。


「ナギくんは今、自分の神通力とサクラの神通力を融合してコントロールしているのね。だからこそ、その力の一部をサクラに返すことが出来た。それはナギくんが今までやってきたことの確かな成果よ。でなきゃ、人から神に力が流れることなんてありえないもの。逆はあってもね」

「えっと、それじゃあ……御朱印巡りを続けて、俺がより力をコントロール出来るようになって、神通力をもっとサクラに返すことが出来れば……サクラも?」

「ええ。相応の時間が掛かるでしょうけれど、いずれは完全に本来の姿を取り戻せるはずよ。なんたってナギくんの中には、サクラの本当の『神朱印』が生きてるんだから。サクラを元に戻せるのは、この世にナギくんただ一人なのよ」


 イコナがその人差し指で凪の胸元を軽く叩き、ウィンクをする。


「俺の中に……サクラの『神朱印しるし』が……」


 そこで凪はハッとあることに気付いて手を叩き、『神朱印帳』を取り出す。

 すると凪の持っていたお守りが光り、中からサクラの『神朱印』が刻まれた札がひらりと飛び出して、凪の朱印帳に溶け込んで消える。

 中を開けば、空白だった最初の一ページ目にサクラの『神朱印』が――本当のサクラの神紋が浮かびあがるように出現した。まるで、最初からそこにあったように。


 凪は思い出す。

 あの夏祭りの夜。別れ際に、サクラが頬にキスをしてくれたこと。


「……そうか! あのとき俺は知らずにサクラから『神朱印』をもらっていて……それで一ページ目には最初からサクラの朱印が……!」


 謎が解けた凪は、サクラと、イコナと、ククリのそれぞれの朱印に触れていく。


「本当に、全部、あのときから始まってたんだな……」


 夏祭りの夜。あの日に紡いだ縁が凪をここに導いてくれた。みんなと出逢い、縁を結ぶことが出来た。それが、凪には何より嬉しい繋がりだった。


 ククリがまた祈るように手を組む。


「ナギさん……サクちゃん……。これはきっと、ひとりでは……無理なこと、なので。でも……協力しあえば、きっと、出来ます。わたしも、協力します……のでっ!」

「あら、ククリが前向きなことを言うなんて珍しい。ま、あたしも忙しい身だけど、どうしてもっていうなら協力したげる。その代わり、お礼は覚悟しときなさい」

「イコナ……ククリ……わかったよ。二人とも、ありがとう!」


 二人に頭を下げる凪。イコナもククリも明るく破顔して応えてくれた。

 続けて凪は、従姉妹の少女に視線を移す。


「月姉……と、いうことなんですが、いい……かな?」

「むう。結局、またサクラ様のために御朱印巡りするってことだよね」

「いや、でもサクラのためだけじゃなくて、俺も――」


 言い訳をしようとした凪の口を、月音の口が静かに塞いだ。


 あまりにも唐突で、けれど自然なキス。サクラたちは目を点にした。

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