第19話 神様めっちゃキレる


 イコナはまた呆れたような長い息を吐いて言う。


「それでサクラ、あなた今までどこで何してたのよ。六年も音沙汰なくてし――」

「ねぇねぇイコナ! それでねサクラたちね! 『神朱印』を集めようとしてるのっ!」

「んぱい――は? な、なんですって? 『神朱印』?」

「うん! ナギが縁結びをしようとしてて、その力になりたいの! だけど、サクラは神通力がないから何も出来なくって、それでまずイコナを紹介しようって思ったの! イコナはきっと力になってくれるって! だって優しいから!」

「いや、急に何? ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「だから早く『神朱印』ちょうだーい! あっ! あとあとお腹空いたから何か食べたいなぁ! 近くに名物のお店ってあるかなぁ! ねぇねぇイコナ!」


 怒濤の勢いで喋り倒したサクラは、それはもう無邪気にキラキラした笑顔でおねだりするように両手をイコナの前へと突き出す。


 するとイコナは一度深く呼吸をして、それから綺麗な笑みを返してくれた。


 だがその笑顔から漏れた威圧的なオーラに、凪の背筋がヒヤリと冷える。 


「……ああ懐かしい。そうよねそうだったわ。あなたってそうなのよね。いっつも人の言うこと聞かないで、ペラペラ喋ってくっついてきて、ヘラヘラ楽しそうに話を進めてこっちの都合なんかお構いなしにね? 勝手にサクラの世話係にさせられたあたしがどれだけ学校で苦労したと思ってるのかしら。本当懐かしいわぁ……」

「えへへ、思い出すね~! あの頃はイコナやククリと毎日一緒で楽しかったなぁ! イコナにはいっぱいお世話になりました!」

「そうね、サクラとは長い付き合いだし……ん、『神朱印』をあげてもいいかな?」

「ホントっ? わーいありがとーイコナ! 大好きー!」


 大喜びでイコナに抱きついて頬ずりを始めるサクラ。

 親友同士の再会。本来なら微笑ましかったはずの光景だが、凪と月音は怯えていた。

イコナの笑顔は、先ほどからずっと凍りついている。


「あたしもサクラのことは好きよ? それじゃあ早速……」


 イコナは、がっちりとサクラの両肩を掴む。

 それから、お互いの唇が触れ合いそうなくらい顔を近づけていき――



「――ってやるわけないだろが!! ふざけてんじゃないわよこんの罰当たりッ!!」



 突然鬼のような形相に変わり、素早く拍手を打つイコナ。

 すると瞬間的な強風が吹きあれ、境内の箒とバケツが浮き上がってサクラの顔面に直撃。サクラは「むきゅう!」と妙な声を上げてふらつき、仰向けに倒れる。


 イコナは目を回していたサクラの頬を両手で挟みこみ、サクラはひょっとこみたいに面白い顔になってしまった。


「天罰覿面! あのねぇサクラ? 朱印はあたしたちにとって何より神聖で尊いものなの。わかってんの? わかってんでしょ? ならもっと! 敬意を! 払えっ!!」

「むぎゅっ、ほへへへへっ」

「だいたい参拝もせずに貰おうなんて失礼千万極まりない! そもそも! 神のあなたが今時の人間みたいにスタンプラリー感覚で集めてんじゃないわよッ!! 何よりあたしの『神朱印』ですってぇ! 簡単にやれるわけないだろうがああああ!!!!」

「あぶぅっ。ふええぇぇぇぇ~~~」

「てゆーか! 一体! 今まで! 連絡もなしにどこで何してたんだ! このあたしがどれだけ心配したかわかってんの!? 猛省しろこのポンコツおとぼけハラペコ神ッ!」

「ふへええええ~~~! ほ、ほへんははひ~~~~~~!」


頬を餅のように引っ張られながら謝るサクラ。それでもイコナは手を止めようとはせず、ついに見かねた凪と月音が慌てて止めに入る。


 するとイコナは、息を荒くしながらもようやく冷静さを取り戻してくれた。


「ハァハァ……ふん、まぁいいわ。サクラがこういうヤツなのは今に始まったことじゃないし。取り乱すのは未熟者の証。あたしも修行が必要ね」


 イコナはため息をつき、きらめく髪を手で払ってから言った。


「話くらいは聞いてあげる。けどあたし、不潔なヤツと礼儀のなってないヤツが何よりも大嫌いなの。あなたたちはどうかしらね?」


 値踏みするような微笑のイコナに、凪と月音は小さく身震いした。

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