第18話 伊古奈比咩命

 ゆっくりと参道を進む一行。

 その先には柏槙びゃくしんのご神木が二本鎮座し、境内は厳かな雰囲気を残しながらも落ち着ける自然な空気感を併せ持ち、奥には美しい社殿が建っている。

 ここは凪も知っている有名な縁結びの神社で、伊豆最古の歴史ある場所だ。すぐ近くにはこれまた有名な海水浴場もあり、夏には大変賑わうところである。イベントはないこの日にもそれなりに参拝客が訪れており、特に若い女性の姿が目立つ。


千木ちぎは内削ぎ……鰹木かつおぎの数は偶数。知ってはいたけど、ここの祭神は女性なんだな」

「あっ、凪ちゃん。その見分け方、覚えててくれたんだね!」

「小さい頃によく月姉が教えてくれたからね。さすがに覚えたよ」


 懐かしい記憶を思い出しながら答える凪。

 多くの神社では社殿の屋根部分に用いられる部材、『千木』と『鰹木』のデザインで祭神の性別が判る。千木とは、屋根の両端にある交叉した木材のこと。鰹木は棟木の上に並ぶ丸太のこと。千木の先端が地面に対して平行な内削ぎのもの、また鰹木の数が偶数であれば女神。逆に千木が外削ぎ、鰹木が奇数であれば男神である。

 それ以外にも、参道の真ん中を歩いてはいけないとか、手水舎の使い方、お参りの作法、神職の仕事や神話に至るまで、基本的な神社の知識を凪に教えてくれたのは月音だ。そのおかげで、この『蒼静神社』に祭られている女神の名前にも聞き覚えがある。


 凪たちは手水舎で身体を清めた後、拝殿でお参りを済ませようとしたのだが、参道でサクラが「あー!」と大声を上げていきなりどこかへ走り出す。


 凪と月音が後を追ってみると、サクラは巫女らしき少女へと駆け寄っていった。



「イコナー! イーコーナーーーっ!」


「――ん? はぁっ!? ちょ、もしかしてっ! なんであなたがここぶへぇっ!!」



 タックルかと見間違うほど勢いよくサクラが突撃していったせいで、それを正面から受け止めた少女は箒を手放し、腹部を押さえてぷるぷるとうずくまる。


「イコナイコナっ! ひさしぶりだね! サクラだよサクラだよ~イコナぁ~~~!」

「うぐぐ……い、いきなり飛びついてくるんじゃないわよ! 頬ずりしないでッ! ちょ、口元にチョコついてんじゃないのよ! ああもう服が汚れたじゃないっ!」


 サクラとよく似た巫女装束のような服を払って、深いため息をつく少女。

 呆けてしまっていた凪と月音の元へ、サクラが少女の腕を引っ張って連れてくる。


「ナギ、ツキネ! この子がサクラの友神のイコナだよっ。怒りっぽくてガミガミしちゃうし、昔からおっぱいが小さくて悩んでるんだけど、とっても優しくて友達想いなの! それでねイコナ、こっちの二人がナギとツキネ! サクラの新しいお友達!」

「ど、どうも初めまして。七瀬凪です」

「初めまして! 月乃宮月音です。凪ちゃんのお姉ちゃんやってます!」

「ご丁寧にどうも。あたしは『伊古奈比咩命イコナヒメノミコト』よ。イコナでいいわ。まぁよろしく……って誰が怒りっぽい貧乳女神よッ! Cに近いBなのよほぼCなのよ!!」

「あえぇぇぇ~~~~」


 激昂してサクラの両耳を引っ張るほぼCの女神、イコナ。それでもサクラは笑顔を崩さず、イコナは肩に乗った長い髪を振り払って大きなため息をつく。

 艶のあるハーフアップの髪は明るい亜麻色で、後頭部の大きなリボンがよく目立つ。スレンダーな身体に纏う『神御衣』は、サクラのものとは色やデザインが少々異なり、袴は鮮やかな瑠璃色。足元の編み上げブーツがどこか大正ロマンな雰囲気を醸し出す。

 また、吊り気味な眉は強気な印象を放つが、その瞳は目尻が緩やかに下がっていた。腰に手を当てたポーズ、髪を払う仕草などは気の強い性格を示している。サクラが言っていたように、大変に整った顔立ちの美人だ。凪も目を引かれるほどである。

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