第20話 覚悟

 それから凪たち三人は改めてイコナに無礼を謝罪し、それはもう礼儀正しく拝殿でお参りを済ませた後で、ちゃんとイコナに話を聞いてもらえることになった。


 一同は場所を変え、本殿の方に歩きながら話を進める。


「わーんさっきはごめんねイコナ! ひさしぶりに会えてすっごく嬉しかったから、ついテンションがあがっちゃったの!」

「はいはいわかったわよ。まったく、中身は本当に変わらないわね……」


 ちょっとむずがゆそうな顔をし、呆れたようにつぶやくイコナ。

 場の空気も良くなったところで、凪たちは改めてこれまでの事情を説明した。


「――ふぅん。小さな頃に一度だけ会った女の子との約束を守るために御朱印巡り、ね。その途中でサクラと会ったのか。男の子にはずいぶん可愛いお願いね。ま、あたしそういうの嫌いじゃないけど。一目惚れするほど可愛い子だったの?」

「それもありますけど、なんていうか、一緒にいると元気になれる子なんです。初めて会ったはずなのにすごく安心できて、それで――」

「でもでも、お姉ちゃんの方が美人で可愛くておっぱいも大きくて気立ても良いから今は月姉が本命のお嫁さんなんだよね? もう~、凪ちゃんったら素直だね~♪」

「おいこら月姉! 突然張り合ってくるのやめてくれる!?」

「でも凪ちゃん、その人はもう大人になってるんだよね。だったら結婚しちゃってるかもだよ。ほらほら、早く真実の愛に気付いてお姉ちゃんと結ばれようよ~」

「ああ~急に怖いこと言わないでくれよ! 確かにあんな良い子なら普通にその可能性高いよなぁとか思ってたけども! もしそうだったらどうすれば!」


 悩み出した凪をポカンと見つめるイコナ。その隣でサクラがニコニコ笑顔で言う。


「ね、イコナっ。二人とも面白いでしょ!」

「……あなたが連れてくるくらいだから、覚悟はしてたけどね」

「えへへ。それでねイコナっ!」


 到着した本殿の前で足を止めたサクラは背筋を伸ばし、少し表情を引き締めた。


「今回のお願いは、とっても大事なことなの。サクラ、ナギのためにがんばるって決めたから。どうしてもイコナの『神朱印』が必要なんです。おねがいします!」

「あっ、俺からもお願いします!」


 深々と頭を下げるサクラに習い、凪も同様に頭を垂れる。


「……」


 イコナはしばらくの間、無言で凪をじっと見つめた。

 やがて、またため息をついてから告げる。


「悪いけど、どれだけお願いされても無理よ」


 ピシャリと、容赦のない断言。

 動揺して顔を上げた凪たちに、イコナは淡々と話す。


「サクラはよく解ってるでしょ。『神朱印』はそんな簡単に授けるべきものじゃない。これはあたしの魂であり、心よ。あたしの聖域に易々と立ち入れると思っているなら、それは傲慢というものだわ」


 イコナが触れる自身の胸元から、彼女の美しい『神紋』が光を放って浮かび上がる。


「あなたたちにも視えるかしら。この神紋は、すべての神が持つ固有の印。魂の証明。そんな神紋を刻んだ『神朱印』とは、神による最大限の加護であり敬愛よ。だからこそ、朱印を授かる人々は神への礼儀を尽くすことが必要なの」

「それが……イコナ様の、神紋……」


 凪は、初めて目の当たりにする神紋の神々しさに、その目を奪われていた。


「あたしは自分の朱印しるしに誇りを持ってる。ここに触れたいなら、それ相応の覚悟を見せなさい。覚悟なき懇願はただの我が儘。それが出来ないなら、さっさと帰るべきね」


 きっぱりと言い放つイコナ。その瞳は冷たくこちらを見下ろす。


 凪は――何も言葉を返すことが出来なかった。


「……ま、せっかく来たのだから神聖な空気で心身を浄化するといいわ。それじゃあね」


 こちらに背を向けて、ひらひらと手を振って去っていこうとするイコナ。


「…………覚悟。そうか、俺……」


 実際、その〝覚悟〟が足りていなかったのだと凪は気付いた。

 ただ思い出の女の子に会いたいという望みばかりを求めて、自分が神の領域に踏み込もうとしていたことに気付けなかった。今、ようやくそのことを実感し、反省していた。だから、イコナを引き止めることができない。自分の甘えがわかってしまった。


 ――すると。


「ダメえええぇぇぇ~~~! イコナぁ待ってぇ~~~!」

「は? ちょっ! またあなたはぐへっ!!」


 サクラが再びイコナに突進して、二柱の女神が揃ってその場に倒れ込む。突然のことに凪と月音は目を丸くした。

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