第16話 月乃宮家

「……なら、お姉ちゃんも連れていって。それなら、許してあげる」

「え?」

「本気だってわかったから、もういいよ。凪ちゃんが本当にやりたいことなら、お姉ちゃんには止められません。だけど、一緒についていくことが条件です。お姉ちゃんがずっとそばにいるよ。それでもいいなら――」

「いいに決まってるよ! むしろ月姉が一緒に来てくれるなら心強いって!」

「ふぇっ?」


 ガシッと月音の手を取る凪。両親は共に大きくうなずいてくれた。

 その反応に、凪はもちろん、サクラも大いに喜んだ。


「わーい! よかったねナギ! これで一緒に御朱印巡り出来るねっ!」

「ああ。月姉、本当にありがとう!」

「な、凪ちゃん……そんなに、お姉ちゃんと一緒が嬉しいの……?」

「そりゃあ二人だけじゃいろいろ不安だしさ。月姉が一緒だったらって思ってたんだよ。けど、誘おうにもあれだけ反対されたら無理だと思ってたから」

「凪ちゃん……そ、そうだったんだ。え、えへへ。そんなに私のこと頼りにしてくれてるんだ……嫌われてないよね、お姉ちゃん、特別だよね……? 将来はお姉ちゃんと結婚したくなるくらいなんだよね? えへ、えへへへぇ~~~♥」

「いやそこまで言ってないけど!? 妄想ストップせいっ!」


 ニヤ~と顔をとろけさせる月音。凪が彼女の頬を引っ張ってもまるで動じない。


 すっかり和やかなムードになっていたが、月音はそこでハッと表情を引き締めた。


「あっ! で、でもそれだけじゃ許可は出来ません! もう一つ条件があります!」

「おわっ。こ、今度は何?」


 ごく、と固唾を吞む凪。


 月音は真剣な顔で仁王立ちし、大きな胸を張って告げる。



「お姉ちゃんとも一緒にお風呂に入ってください! 二人きりでしっぽりと! そうしたら旅のことも許可してあげるし、さっきのお風呂の件も許してあげます!」



「……は?」


 固まった凪は、呆然としながら一言返す。


「えっと……いや、でもさっきもう許してくれるって」

「言ってません。入ってくれないなら絶対に許可しないし一生許しません。輪廻転生したって許しません! 入ってくれたらすぐ許してあげます! すぐです!」

「ええっ!? つーか神道の巫女が輪廻転生とか語るの!?」

「姉と弟が一緒に入るくらい何もおかしくないよ。凪ちゃんもお姉ちゃんに許してほしいもんね? それじゃあ明日、早速一緒に入ろうね。うん、決定ねっ!」

「勝手に決まった!? え? マ、マジで一緒に入らないと許してくれないの……!?」

「うん。未来永劫許しません♥」


 愛らしい天使のような笑みでしれっと恐ろしいことを宣言する月音。


 この姉は、本気だ。それがよくわかった凪は、もう折れるしかない。


「……ワカリマシタ。けど、心の準備がいるのでもうしばらく後にしてください……」

「やったぁ! それじゃあ旅の準備もしないとね。楽しみだね凪ちゃんっ!」


 一転して上機嫌になり、普段の明るい表情に戻る月音。そんな状況を止めないどころか愉しんでいる両親。これが月乃宮家の三人であり、凪の家族である。


「……でもま、月姉が許してくれるならいいか」


 凪は、こんなにも実直にぶつかってくる月音のことを深く尊敬していた。


 小さな頃から、月音はいつも凪を守ってくれた。正しい道に手を引いてくれた。そんな彼女のダイレクトな好意こそが凪を肯定し続け、ここまで自分を成長させてくれたことを凪は強く自覚している。月音がいなければきっとこうはなれなかった。だから、この従姉妹にだけは頭が上がらない。


「ツキネは、ナギのことが大好きなんだねっ。うんうん、ツキネはすっごくキレイな色の神通力してるから、サクラわかるよ。ナギも同じだった! キレイな色の神通力を持っている人はね、神様に好かれるのっ。だからすぐにわかったよ。ナギもツキネも良い人だって! あ、サクタローとハツネもだよ!」


 そう言ったサクラは手を合わせてニコニコと微笑み、凪たちはしばし呆ける。

 それから全員がすぐに笑顔になり、揃って笑い出した。


「ありがとうサクラ。そうだったら嬉しいよ」

「ホントだよっ。だって、サクラもナギのこと大好きだからっ!」


 そう言って凪に抱きついてくるサクラ。その微笑ましい姿に朔太郎と初音は穏やかな顔をしていたのだが、月音だけは笑顔が凍りついていた。


「そうなんですサクラ様……私は凪ちゃんがだぁい好きなんです。小さい頃からいつも一緒で、あんなこともこんなこともしてきた仲なんですよ。だから、早く凪ちゃんから離れてくださいね? 普段外では立派なお姉ちゃんでいるために我慢して我慢して我慢してる分、家の中で凪ちゃんとイチャイチャするのがお姉ちゃんの特権で役目で義務で責任で生きる理由なんですからっ! いいですかわかりましたかハイどいて!」

「あははっ、ツキネはすっごくカワイイね。ツキネの料理はとぉ~ってもおいしいし、サクラ、ツキネのことも大好きだよ~~~!」

「私はあなたを恋敵ライバルだと思っているので好きじゃありませーん! 神様でもなんでも凪ちゃんに手を出す人はみんな敵なんです! 早く離れてください~~~~!」


 神様相手だろうが果敢に立ち向かう乙女、月音。二人に両手を引っ張られて食事も出来ない凪を見ても、朔太郎と初音はただ笑うのみである。


「HAHAHA。サクラちゃん様はまるで二人の妹みたいだなぁ。おい凪、御朱印巡り頑張ってこいよ。それもまたグッドな修行だ。いずれ我が神社の糧になる!」

「凪ちゃん、困ったことがあったらいつでも言ってね。お金の心配だって要らないよ。それと学生は勉強が本分ですから、そちらも手を抜かないこと。いいよね?」

「は、はいっ。わかりました!」

「良い返事です♪ それじゃあサクラちゃん様、よろしければ、しばらくうちに泊まっていってくださいね」


 その言葉に、凪と月音が同時に「えっ」と驚く。朔太郎は腕を組んでうなずいた。

 サクラが不思議そうに初音の方を見ると、初音は優しく微笑んで話す。


「お話を聞く限り、サクラちゃん様のお社はひどい有り様なのでしょう? 神職として、そんなところに神様をお帰しするわけにはいきません。ですから、サクラちゃん様にはしばらくうちに居ていただきます。みんな、それでいいよね」


 有無を言わせぬ初音の笑顔なプレッシャー。凪たちはこくこくとうなずくのみ。

 サクラは「やったぁ! ありがとう~!」と両手を上げて喜びを表現し、月音の両親は共に手を叩いて新たな家族を迎える。


「えへへ、これでナギたちともっと一緒にいられるね! あ、おかわりくださーい!」

「わぁんごめんね凪ちぁん! 二人の愛の巣が守れなかったよぅ~~~」

「月姉、いいから早くごはん食べなよ」


 結局のところ、神様サクラがやってきても何も変わらない家族たち。そんな三人に凪は呆れながらも、同時に、深く感謝していた。

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