第13話 お持ち帰り神様

 ――帰宅後。

 取り乱すほど心配してくれていた月音を落ち着かせた凪は、一番風呂を堪能することに。外から帰ってきたときはまず心身の〝穢れ〟を洗い落とす。これは神職を努める月乃宮家での決まりの一つである。


「はぁ~。月姉の過保護ぶりはそろそろなんとかならないものか」


 檜の香りがする浴槽から窓の外を眺めつつ、一息つく凪。この透明な湯は天然温泉であり、豊富な湯量のおかげで毎日こうして温泉を楽しめるのは、凪のひそかな自慢だ。


「にしても、神様と御朱印巡りかぁ……」


 サクラと共に日本全国を御朱印巡りする――まさかこんなことになるとは思っていなかったし、実際にはとても大変な話だろうが、凪はワクワクする自分を感じていた。

 凪の一番の目的は、思い出の子と再会の『約束』を果たすことではあるが、御朱印巡りを続けていくうちに各地の神社や歴史を学ぶことが楽しくなり、参道グルメをいただいたり、民芸品などをチェックするのも好きになっていった。全国を巡れるともなれば、否応なく旅への期待が膨らむ。

 気持ちとしてはすぐに始めたいところであるが、そう簡単にサクラへ返事は出来ない。凪はまだ高校生の子供だからだ。


「家や学校のこともあるし、やっぱりまずは月姉に相談か。いやぁ、そろそろ落ち着いてくれてるといいんだけど。ていうか話しても信じてくれるもんかな……」


 それから凪は、サクラのことにも思いを馳せた。

 明日また会いに行くとは言ったものの、いくら神様とはいえ、あんな場所で一人というのは心細いのではないだろうか。


「月姉にお菓子作りでもお願いして、明日サクラのとこへ持っていこうかな」


 なんてことを凪がつぶやくと。



『ホントにっ!? わーいありがとうナギっ! うれしーなぁっ!』



「へっ?」と声を上げる凪。

 今、確かに近くからサクラの声が聞こえてきた。


 すると、凪一人だったはずの浴室――その湯船の上に突然桜色の光が出現し、それはむくむく膨れあがって、光の中から桜の花びらと共にサクラが姿を見せた。そのまま重力に従って派手に湯船へ着水し、それを凪が抱きかかえる格好となる。


「え……ええええっ!? サクラぁっ!?」

「えへへへっ。さみしくてついてきちゃったぁ!」

「ついてきちゃったって! そんないきなり、しかも風呂に!?」

「あっ、ごめんなさい! そうだよね、おフロは服を着て入っちゃダメだよね」

「え?」

「だいじょうぶ! サクラの服は『神御衣かむい』だからすぐ脱げます!」


 凪に抱きかかえられたまま、パン、と軽く両手を合わせるサクラ。


 すると彼女が身に着けていた巫女装束のような衣装――『神御衣』と呼ばれたものが光の花びらとなって舞い散り、一瞬で一糸まとわぬ姿となってしまった。

 サクラのツーサイドアップをまとめていたリボンさえ消えてなくなり、その頬はほんのり赤く染まって、ただでさえ美しい肢体が透明の湯の中で艶やかに輝く。そんな彼女を抱きかかえながら密着している。あまりの急展開に凪の思考はストップしていた。


「おフロに入るなんてひさしぶりだよ~。すっごくキモチイイねぇ♪」


 身体を隠すようなこともなく、ほっこりとリラックスした表情で安らぐサクラ。凪はもう言葉もなく、鯉のようにただパクパクを口を動かすだけだ。


「あれ? ナギ? どうしたの? サクラがきちゃったの、そんなに驚いた?」

「……あ、いやその……」


 固まっていた凪にグイグイと近づいてくるサクラ。子供っぽい姿だとは思ったものの、意外にもボリュームのあった胸元に凪はしどろもどろになった。


 そんな最悪のタイミングで、浴室のガラス戸の向こうから声が聞こえてくる。


「な~ぎ~ちゃんっ。あのね、さっきは取り乱しちゃってごめんね。もう夕食の準備も出来たから、久しぶりにお姉ちゃんも一緒に入ってもいいかな~? お詫びに背中流してあげたいなぁ~って思って。『お姉ちゃん特権』使っちゃうよ~!」


「――げ、月姉っ!? や、ちょっ! 待っ――!」


 予想外の展開に凪は慌てて戸を抑えにいこうとしたが――そのときにはもう遅く、無情にも戸は開いてしまった。


 そこから、バスタオル一枚のみでよく育った身体を隠す月音が現れる。


「じゃーん! 実はもう服は脱いじゃってるのでした~♥ 凪ちゃん、いつも照れて逃げちゃうから、今日は強引に押しかけてみちゃった。久しぶりに、お姉ちゃんが優しく身体を洗ってあげ…………る…………ね……………………え?」


 テンション上げ上げで入ってきた月音だが、瞬時にフリーズする。


 凪も、サクラも、月音も、揃って沈黙していた。


 やがて、月音がぷるぷる震えながらこちらを指差す。



「な、な、な……なぎ、凪ちゃんがぁぁぁ……! 凪ちゃんが! 知らない女の子とお風呂でいやらしいことしてるうぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~!」


「うわあああああああ違う違う! 誤解っ! 誤解だからああああ!」



 月音を説得しようとしても、全裸なため浴槽から出ることが出来ない凪。すぐに月音の大声を聞いて両親まで駆けつけてきて事態はさらに悪化。それでもサクラだけは何が起きたのかわかっておらず、無邪気な顔で凪にくっついていたのだった。

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