第12話 神朱印


「……ええっ!?」


 まさかの提案に仰天する凪。サクラは勢いよく喋り続ける。


「あのねあのね! 全国にはサクラみたいな縁結びの神様がい~っぱいいるからっ、もっとたくさんの神様たちと会って、認めてもらって、その証である『神朱印かみしゅいん』をもらえたら、きっとナギの会いたい人と縁が結べるはずだよ!」

「え、え? その、『カミシュイン』っていうのは?」

「『神朱印』はね、ボクたちにとっていちばん大切な朱印しるしだよ。神の気持ちがギュ~ッと詰まったもので、特別な人にだけあげるものなの! だからそれを分けてもらえるとね、普通の朱印よりず~っとすごい御利益が得られるんだよ!」

「そ、そんなものがあるのか。ぜんぜん知らなかった」

「それでね、ナギはすっごい神通力を持っているから、人よりもサクラたちに近くなっちゃってるみたい。そういう人を『現人神あらひとがみ』って呼んだりもするよ」

「現人神? 俺がっ?」

「うん! そういう人は神通力が身体からぽわぽわあふれちゃってるから、その力で他の神様の御利益ちからをはじいちゃうの。だからね、ナギが今まで集めてきた朱印からも、あまり御利益を得られてないんじゃないかなぁ」

「ええっ!? そ、そうだったのか。なんかショックだ……」

「わわ、ごめんねナギ! でもナギみたいな人だから、サクラたち神様を見て、話して、触れることが出来るんだよっ。だから凪はすごいの! 自信もってっ!」

「う、うーん。それは嬉しいけど……すごく複雑な心境だな……」


 縁結びの御利益が欲しくて御朱印巡りをしていたというのに、そのせいで御利益を弾いてしまっていた。なんとも皮肉な結果に困惑するしかない凪。


 サクラは意を決したように強気な瞳で告げた。


「だいじょうぶ! ナギみたいな人を神様はちゃんと見てるよ! それにね、ナギが神通力をうまく使えるようになれば、ちゃんと御利益は得られると思うよっ!」

「使えるように……って、それじゃあサクラと御朱印巡りを続けたら、俺も神通力を使えるようになるってことか? そうすれば縁結びが叶うってことかな」

「うんっ! そのためにサクラがなんでもお手伝いしますっ! だからサクラと一緒に御朱印巡りしよっ! ナギが会いたい人に会えるようにがんばるよ! 約束します!」

「サクラ……」

「どうしてもナギにお礼がしたいの。だからおねがいしますっ!」


 必死に両手を合わせて凪に懇願してくるサクラ。

 神様である彼女の方が、人間である凪に手を合わせるという奇妙な状況。

 凪は、こんなにも懸命になってくれる彼女の姿に好感を抱いていた。それに、彼女が嘘をついているとはとても思えない。それほどにサクラは純粋な目をしている。

 何よりも、上手くいけば思い出の子に会える可能性があるのだ。ならば、凪にとって断る理由などない。


「……ああ、わかったよサクラ。俺も、サクラと御朱印巡りやってみたいと思う!」

「ナギ! わぁ~ありがとうっ!」

「でも一度家族に――お世話になってる人に相談してみないとな。いきなりのことだし、俺も学校とかいろいろあるからさ。それにほら、そろそろ夕暮れだ」


 山中であったため気付きづらかったが、空は徐々に暗くなっており、今にも夜の時間が始まろうとしている。低山とはいえ、夜の山は非常に危険だ。


「うちにはちょっと過保護な人がいてさ、早めに帰らないと大変な――ハッ!」


 ポケットの中の震えに気付き、スマートフォンを取り出して青ざめる凪。

 そこには月音からのメッセージが山ほど届いていて、さらに何十件もの着信が残っている。そして今もまさに着信中の振動が続いていた。

 恐る恐る応答のボタンをタップすれば、甲高い泣き声が聞こえてくる。


「うわっ! つ、月姉ごめん大丈夫だから! 今帰るよ! だーもう泣くなって! は? 思い出の子と再会して婚姻届出して仲良く食事をした後にホテルに行こうとしてるんじゃないかって? アホかっ! 今すぐ帰りますよハイハイ! いやだからホントだって! 後でまた話すから! ハイハイハイ!」


 慌てて対応する凪。涙声の月音をなんとかなだめつつ、半ば強引に電話を切った。サクラはびっくりしたのか目をパチパチさせている。


「ごめんサクラもう帰らないと! とりあえず家族と話をしてみるよ。それで明日またここに来てもいいかなっ!?」

「あっ、う、うんっ! そうだね! サクラ、待ってるね!」

「ああ、ありがとうサクラ! それじゃまた!」

「サクラの方こそありがとう! 待ってるからね! ずっと待ってるからね~~っ!」


 サクラは登山道に戻る道を教えてくれた後、凪の姿が見えなくなるまでいつまでも元気に手を振って見送ってくれた。


 そして山頂に続くあの分かれ道まで戻ってきたところで、凪は自分がボロボロになっていた右側のルートからやってきたことに気付く。


「ああ、こっちの道がサクラの神社まで繋がってたのか……ってまた電話来てるし! はいはい今帰りますよぉー!」


 もう振り返ることなく、凪はとにかく急いで登山道を降りていったのだった……。

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