第8話 桜守山

 それから凪がバスに乗ってやってきたのは、天乃湯神社の隣にあるハイキングコースとしても人気の低山――『桜守山さくらもりやま』。頂上までおよそ三十分の看板表記がある。

 鮮やかな桜色に染まりつつあるこの山は、『天乃湯山』とは古くから姉妹山とされており、今は桜の名所として有名だ。この春も町を挙げての『さくら祭り』の準備が行われており、凪が月音たちと毎年花見に訪れる場所でもある。


「ここにあったら灯台もと暗し、か。よし、そんじゃあ行きますか」


 凪は自動販売機でお茶を一本購入し、足取りも軽く登山を始めた。



 ――およそ二十分後。


「あ、もう山頂か」


 凪の前に現れた看板。左向きの矢印は山頂を示し、右向きのものは折れていて、さらに道を塞ぐように巨木が倒れる。雨で地面もぬかるんでおり危険そうだった。

 凪は見慣れた左の道を進み、山頂へ到着。毎日神社の長い階段を上り下りし、放課後の御朱印巡りによって鍛えられたその健脚が凪をハイペースに登頂させた。


 頂上で待っていたものは、低山とはいえ見晴らしの良い景色と、爽やかな潮風。海の方では、シーズンには少し早いウィンドサーフィンをする生徒たちの姿もある。

 凪はそんな光景を眺めながらベンチに座り、学校帰りに買っておいた和菓子屋の名物である桜餅と温泉まんじゅう、お茶を手に一息つく。周りを見れば、老夫婦や家族連れなどが早くも桜を楽しみに来ていた。近所の顔見知りもおり、挨拶を済ませておく。


「やっぱり神社なんてないかぁ。有名な場所だし、これだけ人も来てるんだから、神社があれば普通に観光名所になってるよな。月姉が知らないはずもないし」


 登ってみてそう実感する凪。これで周辺の地域はあらかた探し終えてしまったため、もはや凪にはお手上げの状態だ。それでも、どこかスッキリした気持ちでいられた。


 凪は鞄に付けた『約束』のお守りを一瞥し、笑う。


「仕方ない。次にどこを探すかはまた考えるとして、ちょっと早いけど帰って家の手伝いしよう。勉強もしないと初音さんたちに申し訳ないしな」


 桜餅を口に放り込み、鞄を手に立ち上がる凪。そのまま下山を始めて、山頂へと続くあの矢印看板の分かれ道までやってきたのだが――


「――ん? おわっ!?」


 そこでぬかるんだ道に滑ってしまい、しかも前日の雨で脆くなっていた地面がえぐれるように崩れ落ちる。気付いたときには、凪の身体は脇の崖下へと落下していた。


「ちょ、うわあぁぁぁっ!? ――ぐ……い、いったあああ……!」


 崖とはいえ大した高さではなく、さらに崖下が柔らかい枯れ葉で敷き詰められていたため、擦り傷程度で済んだ。その代わり、制服がひどく汚れてしまう。


「あいたた……やばっ、こんな汚したら月姉に怒られ……うわっ!?」


 そこで凪は気付いた。

 凪の鞄に付けていたお守りが――うっすらと淡い桜色に輝いている。


「な、なんだこれ。糸……かな?」


 手に取れば、お守りから一本の光る糸らしきものがふわっと出現し、その桜色の糸はゆっくりとどこかへ伸びていく。それがまるで自分を誘うかのように感じた凪は、警戒しながらも糸を辿ってみることにした。


 そして、その先にあったものは――



「……神社? こんなところに?」



 なんと、古い社だった。

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