第7話 アイドル巫女

『天乃湯神社』はこの地域では誰もが知る氏神神社だが、そこの一人娘である月音はそれ以上に有名である。

 容姿端麗で成績優秀、淑やかで面倒見が良く、常に笑顔を絶やさない。幼い頃から絵や書道、歌のコンクールなどで才能を発揮し、毎年夏には奉納の舞を披露することから街のアイドル巫女となっていて、冬の生徒会選挙では一年生ながら生徒会長に当選。その名と美しい金髪から『月の花』と称され、新二年生となった今も生徒会メンバーを始め、全校生徒や教師陣から愛される絶大な人気を誇る。


「き、聞いてたのね。ていうか月姉、学校では『ちゃん』はやめてって。ただでさえ生徒会の人たちにめちゃくちゃ誤解されてるんだし、『月の花』のイメージ崩れるぞ」

「お姉ちゃんは気にしないよ~。そもそも誤解じゃないし、凪ちゃんの前のお姉ちゃんが本当のお姉ちゃんだもん。あ、ネクタイが曲がってるよ~もう♥」


 それはそれは嬉しそうに頬を緩めながら凪のネクタイを整える月音。人前では常に淑女たる月音が、凪の前でだけはこうもだだ甘なお姉ちゃんに変貌するという場面を見れば、当然他の生徒たちも誤解して仕方ないものである。


「はいできましたっ。うん、凪ちゃん今日も素敵だよ」

「ありがと。ほら月姉、これから生徒会の仕事あるんでしょ」

「あ、うん。それじゃあもう行くね。凪ちゃんは御朱印巡りだよね。気をつけて行ってきてね? 最近の雨で山の方では地滑りとか起きてるみたいだからそっちもね? あ、それから海の方は危険な生き物が出たって噂があって、あとあとそれから」

「ハイハイわかったわかりました。生徒会の人たちすっごい見てるから行きなって」

「うんっ、それじゃあね凪ちゃん。――あ、そうだ」


 後ろ髪を引かれながら戻っていく月音が、最後にくるりと振り返る。


「部活だって、やりたいことがあれば遠慮なくやっていいんだからね。だけど……もしも可愛いマネージャーさんが目的なら、ぜぇったいダメ♥」


 愛くるしい天使のような笑顔で釘をさし、ひらひらと手を振って去っていった。


「……月姉に隠し事は出来ないんだよなぁ」


 相変わらず抜け目のない従姉妹に、もはや尊敬の念すら抱く凪。月音とイチャイチャしたことで周囲の生徒たちから大変な注目を浴びていたが、もはやこの状況にも慣れてきていた。なにせ、入学したその日から毎日こうなのである。


 それから昇降口を出たところで、今度は校舎の上の方から声が聞こえてくる。

 振り返って見上げると、三階にある生徒会室の窓から月音が大きく手を振っていた。


「凪ちゃぁ~ん! 車に気をつけてねぇ~! 夕飯までには帰ってきてねぇ~! お姉ちゃん、美味しい物いっぱい作って待ってるからねぇ~~~!」

「ぶっ!? つ、月姉! やめてやめて! 引っ込んで!」


 全国生徒に聞こえそうな声量で懸命に叫ぶものだから、周囲から「また会長にラブコールされてる……」「やっぱ付き合ってるんだぁ……」と興味津々に見られてしまう。月音は凪と同居していることを周囲に隠さないどころか自慢げに語るため、もう学園中に恋人同士なのだと誤認されていた。月音はそれを喜ぶ始末である。


 そんな月音に見送られつつ、逃げるように校門を出て息を整える凪。するとポケットのスマートフォンがぶるぶると震え、月音からのメッセージが届いた。



『今夜は凪ちゃんの大好きなオムライス作るねっ。真っ直ぐ帰ってきてください!

            愛しのお姉ちゃんより♥』



「最初からこうしてくれればあんな恥ずかしい思いをせずに済んだのにねッ!」 


 画面の向こうでニコニコしているだろう愛しのお姉ちゃんにツッコミを入れながら了解の返信をし、そのまま地図アプリを起動する凪。

 必ず縁結びが叶うという伝説の『縁結びルート』。都市伝説のようなもので、本当にそんな神社が存在する保証はなく、見つけたところで『彼女』に会える確証もない。

 それでも凪は、毎日の探索が楽しかった。

 神社を巡るごとに『彼女』に近づいている実感があり、いつかまた会える日を想像すると胸が弾む。日々高まる高揚が、凪の足を前に動かし続けた。


「じゃあ気を取り直して行くか。再会の日は近い! ……ような気がする!」


 凪は今日も歩き続ける。一冊の御朱印帳と、桜の刺繍のお守りを持って。



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