第6話 海の見える学校

 凪と月音の通う『県立美海みなみ高等学校』は、海からほど近い穏やかな丘陵地にあり、天乃湯神社からはバスで十五分ほど。吹奏楽とウィンドサーフィンの部活動が有名な普通高校で、それらの部活を目当てに他県から進学してくる生徒もいる。

 一年生の凪はまだどこの部にも所属してはいなかったが、その日の放課後もせっせと支度を済ませて教室を出た。すると、クラスメイトの少女が一人追いかけてくる。


「おぅーい七瀬くぅーん! 今日こそ一緒にウィンドサーフィンやろーぜー!」

「ああ、澄田すみださんか。ごめん、ちょっと予定があってさ」

「え~今日も御朱印巡りっ? 男子高校生の青春にしては趣味渋すぎませんか!」


 密着して凪の腕を引っ張る快活な少女、澄田。制服の下にジャージを穿く彼女はウィンドサーフィン部の女子マネージャーで、有望な一年男子をスカウトする役目があった。


「七瀬くんスポーツテストでも結果すごかったし、絶対ウィンドサーフィンイケるもん! 将来のことはあたしが保証するから一緒にやろうよ~世界をめざそうぜ~~!」

「おわっ。す、澄田さんは優秀なマネージャーだなぁ。けどごめんね」


 積極的な明るい性格ゆえか、周囲の視線を気にすることもなく密着してくる澄田。彼女は「むーん」とうなりながら尋ねた。


「あたしの友達にも御朱印ガールになったって子いるけど、そんなに楽しいもんー?」

「続けるだけ形に残っていくからなかなか楽しいよ。えーっと、ほら、女の子はこういう綺麗な御朱印を集めてSNSに載せたりしてるしね」

「わ、ホントだキレー! へぇ~こんなカワイイのもあるんだ!」


 凪が鞄から御朱印帳を取り出して見せてみると、澄田マネージャーはパラパラとページをめくって目を輝かせた。その反応に凪も嬉しくなり、ちょっと饒舌になる。


「俺は主に神社の御朱印を集めてるんだけど、神社はお寺のものと比べるとシンプルなデザインが多くてね、それは日本人の気質や神道の精神を表しているからなんだ。最近だと、カラフルなものとかイラストが入ったものなんかもあって人気だよ」

「語るとアツイね七瀬くん! あ、ねぇねぇこのハンコみたいなマークは?」

「押印だよ。神社を象徴する動物、建物、神紋、アニメのイラストまでいろんなデザインがあるよ。今はバリエーション豊かだから、それも御朱印巡りの楽しい理由かな」

「ほぉ~、ちょっと面白さがわかったかも! でもさでもさ、御朱印って集めてどうなるものでもないでしょ? 七瀬くんは、どうしてそんなに集めてるの?」

「よく聞いてくれたね澄田さん。実は俺、小さい頃に一度だけ会った女の子と結婚の約束をしてて、そのために今も縁結びの御朱印を集めてるんだ!」

「めっちゃロマンチックな理由だったー! あれ? でも七瀬くんには月乃宮センパイがいるじゃん。あっ、まさか浮気ですか! 修羅場ですか!? ダメダメ! その若いエネルギーをスポーツにぶつけようぜ! あたしが受け止めてあげるからさー!」


 凪の腕をぶんぶんと振る澄田。凪はちょっと困った顔を向けながら言う。


「いつも熱心に誘ってくれてありがとね。興味はあるんだけど、今はこっちが優先でさ。ひとまず保留にさせてもらえるかな。気が向いたら体験でもしにいくよ」

「おおやったぜ待ってるよ! じゃあ美人会長のカノジョさんにもよろしくね~!」

「いや月姉は彼女じゃ――ってもう行ってしまった!」


 ぶんぶん手を振って走り去るスーパーアクティブガールに苦笑いの凪。

 凪自身、身体を動かすことは好きだし、興味があるのは嘘ではない。だが、今はより優先すべきものに時間を割きたかった。


「さて、それじゃ今日も最後の神社を見つけに――」

「なーぎーちゃん♥」

「うわぁっ!? って、なんだ月姉か。驚かせないでくれよ……」

「ふふ、美人会長のカノジョで~す。澄田さんはとっても素直で良い子だね。うんうん、ウィンドサーフィン部は素晴らしい子をマネージャーにしているね!」


 仰天した凪の背後で満足げにうなずいていたのは、一学年上の月音。彼女の後ろに控えるのは、月音と同じ生徒会に属する生徒たちである。

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