第7話 第一節 巫部さんの到着

 私が到着しておよそ三時間。事件発生からおよそ六時間が経過した。

 主人には、「だいたいの検討がついた」と述べた。すると彼は少し考えた後、「では警察を呼ぼう」と決意した。警察に掻き回されるのだけはごめんだが、探偵側で検討がついたのであれば、寧ろ協力してもらおうと思っているらしい。ようやく事件は明るみに出る。しかし私は、その警察が別の意味で少し苦手であった。おそらく普段読んでいる推理小説のせいだろう。探偵と警察は仲が悪い。というイメージが酷く擦り込まれている。対立なくやれるだろうか。

 しかし、そんな不安は杞憂であった。

 警察とともに、巫部さんがやって来たのである。

「巫部さん! どうして此処を」

 私が驚くのも無理はない。たしかに、巫部探偵事務所に電話が掛かってきたことで、今回の事件を担当している。しかし私は彼に、世田谷駅に行くとしか伝えていない。何故、ここがわかったのだろう。

「まあ、事件あるところに、僕が駆け付けないわけないじゃないか。ましてや君の、初めての殺人事件だからね」

 巫部さんは、うんうんと頷きながら話をする。まるで当たり前かのように述べるが、決して当たり前ではない。さすがは名探偵である。

「……あの、あなたが巫部さんの話していた、夏生さん、でしょうか」

 私と巫部さんの間を覗き込むように、少し遠慮がちに声をかけるのは、この世田谷区域を担当する警察の風本かざもとだ。警察にしては、かなり腰の低い態度だと感じた。

「はい、私が夏生ですが……」

「ああ、本日はどうもよろしくお願いします! 先にいらして事件を解明しようとしているのだとか。是非、その力をお貸しください」

 ペコペコ下げる頭がどうも気になる。ふむ、警察はもっと横暴な組織だと思っていたが、どうやら色んな人がいるらしい。

 ……いや、もしかすると、すでに巫部さんの魅力に取り憑かれたのか?

「では夏生くん。事件について手短に話してくれないか?」

 巫部さんに促され、私はできるだけ簡潔に伝えた。六歳の娘がパーティー中に亡くなったこと。おそらく毒殺であること。娘は紀子の子どもではないらしいこと。家族写真に違和感を覚えること。火災報知器の誤作動のこと。おそらく、必要な情報は全て伝えた。

 巫部さんは私の話を聞き、うんうんと頷きながら顎を擦る。

 ……なんて美しいんだろう。

 彼が顎を擦るこの瞬間は、まるで時が止まるような感覚に陥る。

 別に私は同性を好むわけではない。そういうわけではない。そういう次元の話ではないのだ。この美しさは。

 風本も息を飲んで巫部さんの所作を見つめる。……やはり、同士か。きっと彼は間もなく、巫部ファンクラブの会員になることだろう。

「丁寧な説明をありがとう。なるほどね、私も、夏鈴ちゃんのお顔を拝見したい。それと、君の持つ写真と、この場にいる全員のお顔をね」

 やはり、家族写真は重要な意味を持ちそうだ。巫部さんも、とくに娘の顔が気になっていた。

「では夏生くん。警察も来たことだし、堂々と現場検証に入ろうではないか。ところで、毒の件は、警察に調べてもらったほうがいい。どの毒か、どれに混入されていそうかの検討はついているかい?」

「はい。ある程度は」

 私は風本に、毒が混入されていると思われるものを伝える。風本は少し意外そうな顔をした。

「……なるほど。はい、確かめてみましょう。すぐに結果はわかりますので」

 風本は、予め巫部さんが呼ぶように伝えていたのだろう。毒に関する鑑識担当の花園はなぞのに、毒殺有無の判定を託した。

「たしかに受け取りました。では巫部さん、夏生さん、判明次第、すぐにご連絡しますね。追加で鑑識があれば、すぐにご連絡ください」

 花園は丁寧に私たちにお辞儀をし、鑑識部屋として割り当てられたゲーム用スペースへと消えていった。


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